第33話 銃

 サンムーン社内、地下射撃場。


「…………」


 ベンチに座り、ネーデロスは自身が所有する拳銃に銃弾を装填する。その銃は6発装填のリボルバーで、かなり古い銃である。2200年時点、実物は殆ど存在しておらず、モデルガンとしての販売も殆どされていない。

 時代と共にリボルバーの需要が失せ、且つ、オートマチックの種類が豊富になったことで、その人気度合いも大きく傾いた。

 その銃はアルカナの銃とは異なり、炸裂弾を採用していない。そもそもシリンダーの形状と実弾の形状が適合あわない為、発砲以前に装填もできない。

 時代遅れなリボルバー。何度も言われてきたことだが、未だにネーデロスは、その銃を自らの心の支柱としている。


「っ!」


 何者かが射撃場に入室してきた。射撃場は地下にあり、窓なども無いため、音がよく響く。故にドアを開けた音でさえも室内に響き渡り、射撃の最中でない限り、入室は必ず気付かれる。

 ネーデロスは装填を終えたシリンダーをはめ直し、銃を構えたまま入室者を確認する。


「やっぱりここに居たんだ」

「……カザマツリさん?」


 入室してきたのは、彩雅だった。

 念の為にトリガーに指をかけていたネーデロスだったが、彩雅の姿を確認してすぐに、トリガーから指を離した。


「俺に用ですか?」

「んー? まあ、用っていうか……お願い、かな?」

「?」

「……ネーデロス、もしもの話なんだけど、今日からアルカナのリーダーになってって言ったら……承諾してくれる?」


 アルカナのリーダー。

 現状、リーダーはタッセロム。そのタッセロムを差し置きリーダーに推薦されるということは、即ち、タッセロムがリーダーから下ろされるということ。

 そして昨日の案件から推測される今回の推薦動機は……


「つまり、社長の死後、俺が代わりにアルカナのリーダーになるべき、と?」

「そう。これから殺しに行くの。社長が死んだ後も、アルカナ自体は無くしたくはないから、リーダーに相応しい人を考えなきゃなー……って」


 ネーデロスは既に考えていた。

 早期に、タッセロムをこの世から消すべきであると。

 とは言え、彩雅からアルカナのリーダーに推薦されるとは、流石に考えなかった。


「……何故、俺なんです?」

「消去法かな? クロトはリーダーって感じじゃないし、人と目を合わせないライラもリーダーには向かない。アズエルはきっと緊張するだろうから無理。メリスは最年長だけど……多分、メリスはリーダーを支える立場に徹したいんだろうね。ジェインは論外。なら、元警察官でしっかり者のネーデロスが適任……でしょ?」


 ネーデロスは、正直驚愕した。

 現時代でのアルカナのメンバーの中で、最後に加入したのは彩雅。加えてまだ1ヶ月も経過していない。

 それなのに、顔を合わせたメンバーに対する彩雅の理解度が高い。さらに理解した挙句、メンバーの内面までもを拝察している。特にメリスの内面に気付いているあたりは、彩雅の推察力と理解力の高さがよく分かる。

 ただ、推薦された主な要因が、まさかの消去法であったことは、正直予想外だった。


「カザマツリさんはリーダー争いに参加しないんですか?」

「私はリーダーになんて興味無いから。それより、どう? リーダーになる気はある?」

「……実は、最初からそのつもりでした」


 そう言うとネーデロスはゆっくりと立ち上がり、射撃可能地点まで進んだ。


「アルカナは俺の正義を執行できる、警察以上に信頼できる場所です。その場所に亀裂を起こすような真似をする奴が居れば、そいつは最早、俺の敵です」


 銃を握った右手を、床に対して水平にまで上げ、15m程度前方に立てられた射撃対象の的に銃口を向けた。

 刹那、トリガーを引く。

 アルカナの銃とは違う、古いリボルバーの銃声が響いた。

 放たれた銃弾は的の中心を的確に打ち、低反発素材の的を焦がした。


「M629……いい趣味してるんじゃない?」

「同業者からはポンコツだとか古臭い趣味だとか言われてますがね。カザマツリさんの居た時代では、"こいつ"……人気でした?」

「まあ、人気だっただろうし……それに、私も使ってたんだよね」

「っ!」


 彩雅の死後、その遺品は全て処分された。それは彩雅自身の要望である。

 ゴミ捨て場での処理が可能なものは、そのままごみ袋に入れて捨てた。それ以外のものは、証拠隠滅用に運用されていた溶鉱炉の中に沈められ、跡形も無く消えた。

 消された遺品の中には、重大な任務の際に必ず携帯した拳銃も含まれていた。その拳銃は、偶然にもネーデロスが所持しているリボルバーの拳銃と同じ、M629だった。

 オートマチックの方が使い勝手がいいのは、現代社会に於いては常識。しかし彩雅はリボルバーが好きで、それも、人生で初めて名前を覚えたM629が特に好きだった。初めて買ったモデルガンもM629だったのだが、実物を手にした時には、モデルガンを買った時以上の満足感と緊張感が体内を駆け巡った。


「最後に使ったのは……ロシアンルーレットの時だったかな、確か」


 2020年代に居た当時、本当に一時期、彩雅は病んでいた。病んでいた理由に関しては色々あるのだが、病み具合としては、常習的に爪を噛み、カーテンを閉めた部屋に篭もり、デスメタルをイヤホンで聞いていた。

 そんな時期に、彩雅は依頼された暗殺対象を捕獲し、他メンバー立ち会いの場で拷問紛いの殺害を試みた。

 本来であれば即座に殺すべき案件だったのだが、病みが影響し、拷問的に殺したいと、そう考えた。

 そして厄介なことに彩雅が提案し実行に移したのは、ロシアンルーレットだった。

 M629のシリンダーに銃弾を1発だけ込めし、回転させてから装填。

 殺される覚悟が無い者に、人を権利など無い。そう言い、彩雅は自身のこめかみに銃口を当て、トリガーを引いた。

 死ぬ確率は6分の1。

 16%の確率で死ぬ。

 緊張は彩雅の鼓動を早めた。しかし、トリガーを引いても、銃弾は放たれなかった。

 結果、ロシアンルーレットは彩雅の勝利に終わったのだが、彩雅以上に、立ち会っていたメンバーの方が緊張していた。


「ロシアンルーレット……カザマツリさんも随分と気狂イカレてらっしゃる」

「イカレてるくらいの方が死神っぽいと思うけど?」

「死神、ですか……」


 ネーデロスは右手で握った銃を見つめ、何かを決めたと言わんばかりに、僅かに頷いた。


「カザマツリさん」

「ん?」

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