第27話 奪取

 彩雅とクロトが向かった場所は、ノーマルド第4工場。検品エリア。ここへ来るにあたり、彩雅はクドウの偽顔マスクを被り直し、再度クドウに変装した。


「スギタさん、これって試乗できる?」


 クドウに扮した彩雅が、検品エリアに置かれた2台のサイレントゲイルを指し、検品中の男性職員スギタに尋ねた。ワダさえも騙していた変装に、ワダ以外の職員が気付くはずも無かった。


「ええ、可能ですが……突然どうされたんですか?」

「こちらのお方が試乗を希望してるの」

「……えっと、何方どなたでしょうか?」

「TAKUMI Factoryの社員の方よ」

「っ! 失礼しました!」


 スギタは、提携予定会社の社員であるリンコを前に、深々と頭を下げた。無論、このリンコは本人ではなく、クロトの変装である。


「工場内での試乗は厳禁ですので、外へ運びますね」

「ああ、大丈夫。使い方も覚えてるから、私が全部やる。……っと、そういや第3工場のワタリさんが、スギタさんと話したがってたよ」


 実は潜入開始後すぐに、彩雅はサイレントゲイルの使用方法を学んでいた為、すぐにでも乗車ができる。


「ワタリさんが? あぁ……なんだろ?」


 勿論、嘘である。が、しかし、ワタリという職員は実在し、スギタとも面識がある。


「行ってきたら? ちょっと試乗したら戻しておくから」

「……じゃあ、お言葉に甘えて、少し外しますね。ああ、ヘルメットはシートの下に収納してますから、それ被ってください」


 そう言い残し、スギタはほんの少しだけ急ぎ足で、検品エリアから出ていった。その背中を横目で見送りながら、彩雅は黒の、クロトは白のサイレントゲイルの前に立ち、シートを開けてヘルメットを取り出した。

 ヘルメットもまた試作品で、サイレントゲイルに合わせたデザインをしている。現状、ヘルメットは銀色で、その上に透明のカバーが被せてある。

 実はこのヘルメットは、ジェインのタクシーと同じく、特定の手順を踏むことでカラーリングが変わる。

 専用ヘルメットとサイレントゲイルは1セット。ヘルメットの相方となるサイレントゲイルのエンジンを始動させると、その車体と同じくカラーリングに染められるのだ。

 エンジンを停止すればヘルメットはまた銀色に戻る。


「クロトはバイク乗ったことある?」

「っ? あります」

「なら問題無い。じゃあ…………はい、これ耳に付けて」


 彩雅はスーツの裏からワイヤレスイヤホンを取り出し、右耳用だけをクロトに手渡した。


「そのイヤホンからライラが指示を送ってくるから、私達はそれに従って走る。イヤホン通じて会話もできるから、何かトラブったら言って」

「いや、あの……もしかして、個別の仕事って……」

「サイレントゲイルの奪取。ジェインに改造してもらって、私達の愛車として使っちゃおうよ」

「……(すぅー)……彩雅さん、一生ついて行きます」


 リンコとして潜入した際、クロトは心の底からサイレントゲイルに惹かれた。

 しかし、クロトが今回命じられた任務は、「クドウに変装した彩雅から、社員達の注意を逸らすこと」である。クロトは基本的に、陽動の仕事をする。そして今回の仕事も、言わば彩雅を敵の目から守るための陽動である。

 陽動は陽動以上の仕事をしてはならない。そう心に言い聞かせて仕事をするクロトは、陽動が終わり次第、仕事も終わる。

 即ち、心の底から欲しいと思えたサイレントゲイルの奪取などはできない。

 だが隣には彩雅が居た。彩雅が「共に奪取する」と言えば、それは任務の一部としてカウントされる為、クロトは自分の意思と彩雅の指示の両方を尊重できる。

 アルカナ内に於ける「個人的任務による物品の収集」の際の判定としては、入手、或いは奪取成功の時点で、それは「アルカナ或いはサンムーンの所有物」ではなく「入手した本人の私物」として扱われる。

 サイレントゲイル奪取は、タッセロムの作戦には無い。つまりは奪取成功時点で、サイレントゲイルは彩雅とクロトの私物になる。


「ごめーん! 誰かシャッター開けてー!」


 クドウの顔と声で、彩雅が工場内の職員に言った。すると、比較的近くにいた女性社員のシノハラが駆け寄り、試乗という状況を拝察した末に、検品エリアから直接外に出られるシャッターを開いた。


「なら、行こっか」

「はい!」


 開閉ボタンが押され、ゆっくりと開いていくシャッター。

 徐々に見えてくる外の景色を確認しながら、彩雅とクロトはヘルメットを被り乗車。シートに座り、左手でグリップを握り、右手でエンジンのキーを回した。

 サイレントゲイルはキーレスを採用しているが、直方体のキーを直接車体に突き刺し回転させることでも、エンジンの起動が可能となる。

 鍵は既に車体へ挿してある為、後は回すだけ。それは既に、使い方を把握した時点で確認していた。

 エンジン起動に伴う起動音は、ほぼ皆無。特に金属加工や塗装などの騒音が充満する工場内では、僅かにしか聞こえない音は無音へと化す。


「ライラ、聞こえる?」

『聞こえてますよ』

「クロト、聞こえる?」

『はい!』

『え、クロトって誰?』

「仲間!」

『……まあいいや。誘導開始しますよ。アクセル全開で加速トバしな!』


 ライラの言葉をスタートの合図にして、彩雅とクロトはサイレントゲイルのアクセルを回した。

 スタートダッシュは少し控えめ。しかし工場を出た直後で滑らかに加速し、彩雅とクロトは敷地の外に出る為のゲートへ向かった。

 ゲートには監視役は居ない。敷地内の至る所にカメラが監視カメラがあるため、そもそも人の目は要らないのだ。


『ゲートを出たらすぐに左折。車道に合流次第、2つ目の信号で右折。赤信号でもぶっ飛ばして!』

「「承知!」」

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