第26話 破壊失敗
Beautiful Dayの破壊。それが今回の作戦内容の1つである。
しかし現状、Beautiful Dayの破壊は達成していない。その現状に最も驚愕しているのは、自信満々に爆弾を貼り付けたメリスであった。
「はぁ……? ざけんな……!」
メリスは自らの右腰に装備していた、銀色のパッケージの爆弾を取り外し、そのパッケージを剥がした。
今回の爆弾は、本日持参した「爆破範囲が狭い」爆弾の中で、最も威力の高い爆弾である。確実にマネキンに貼り付ければ、6階そのものを破壊せずに済む。もしも何かの拍子に床で爆破してしまえば、確定で床に穴が開く。
その爆弾は、使う
建物そのものを破壊するには弱く、機械を破壊するには強すぎる。加えて室内での使用に伴う轟音と振動に問題があるため、本当に限られた場面でしか使わないつもりだった。
しかし今、この爆弾を使う時が来た。
メリスは、爆弾を緑のマネキン……ではなく、中央に立つ白黒のマネキンに爆弾を接着。直後に退避し、壁際にまで向かった。
メリスの行動速度から推察される爆破の衝撃の規模は、3m以上。その思考に至った他のメンバーは、一斉に壁際にまで避難した。
「
メリスが叫んだ直後、マネキンに貼り付けた爆弾が爆発。その爆発音は一発目の赤いパッケージの爆弾よりも大きく、爆発に伴う振動も大きかった。
が、しかし!
「壊れてない……」
マネキンは、破損していない。緑のマネキンに比べれば、爆破による焦げも広く濃いが、それでも外装の損傷には至っておらず、加えて、その2本脚で立っている。
倒れもせず、壊れもせず。爆弾の製造技術と威力には自信のあったメリスは、自らの力が通用しないマネキンと対峙したことで、自らの自惚れを自覚し、絶望を抱いた。
「メリスの爆弾が無理なら、壊す術は無い。計画は失敗かもしれない……」
「…………いや、失敗はさせない」
作戦失敗を視野に入れてしまったネーデロスと、爆弾が通用しないことに絶望したメリス。男2人がお手上げ状態ながらも、彩雅だけは、今の状況から導く最善策を練った。
彩雅は焦げ臭い室内で前進し、焦げ目のついた白黒のマネキンの前に駆け寄った。
「Beautiful Day、私の声は聞こえる?」
『生体認証……クリア。ごきげんよう、クドウ様』
白黒のマネキンが口を動かし、抑揚の無い男声で言った。
ネーデロスとメリスは、マネキンが喋ったことにも勿論驚いたが、それよりも、爆破ではなくマネキンに対話を実行した彩雅の行動に驚いた。
後方から見ていたクロトは、彩雅の行動から推測される今後のプランを独自に予想し、彩雅の思考を理解して「なるほど」と口元に笑みを浮かべた。
「Beautiful Dayに命じる。この建物から脱出し、そこにいるスーツの2人に同行して」
『我々の輸送ですか?』
「そう。この建物はもうすぐ崩れる。ノーマルドって会社自体が潰れるかも。だからその前に移動する。これは、ネリオット・オダからの伝令よ」
『承知しました。移動手段は?』
「同行後、車に乗って。その後はあの2人の声に従って」
『承知しました』
「あ、それと。ネリオット・オダからもう1つ伝令。これからはノーマルド所属社員じゃなく、この私の声に従うように。顔も声も変わる。その前にこの顔を記憶しておいて」
マネキンの眼球が滑らかに動き、彩雅の顔面、容姿を確認。記憶した。
『承知しました』
「それじゃあ、また後で会おう。何かトラブルがあれば同行者の声に従って」
『承知しました』
会話を終えた直後に、棒立ちだった7体のマネキンが一斉に動き始め、ネーデロスとメリスの前に歩み寄った。
真っ黒の室内で、無表情のマネキンが歩み寄ってくる光景は、正直、恐怖を感じた。事前に彩雅が「同行しろ」と命令していた為、危害は加えてこないのだろうとは理解していた筈なのだが。
『我々はBeautiful Day。7体で
「あ、あぁ。よろしく。カザマツリさん、今後の計画は?」
「予定通りジェインと合流して逃走。私も予定通り単独で動く」
「待って下さい。サイガさん、単独とは?」
一通り計画は把握していたクロトだが、彩雅が単独で動くことは知らないらしい。それもそのはず、単独行動を決めたのは一昨日であり、その場にはクロトは居なかった。
因みに、計画の内容はタッセロムから聞いた。タッセロムも単独行動の内容を知らない為、内容開示の時点ではクロトにも話せなかったのだ。
「計画外の仕事。一緒に行く?」
「っ! 是非!」
「OK。じゃあ先に……メリス、ナイフとかカッターとか持ってる?」
「…………」
「これからの計画にも期待してるんだから元気出しなさい! ほら、早くいつものメリスに戻りな!」
爆弾が効かずにいじけていたメリスを鼓舞する彩雅は、さながら何処ぞのオカンのような口調になった。
ただ、その口調の鼓舞が意外にも効いたようで、メリスは大きく息を吐いた後、顔を上げて最大限の返事をした。
「はぁあああい! メリスくん復活の巻! カッター以上ナイフ未満の刃物であれば持ち合わせているよッッ!!」
そう言いながら、メリスはコートの内側ポケットから、オイルライター程度の大きさの立方体を取り出した。
立方体は開閉可能となっており、開けると収納式の刃が取り出せる。刃は鋭角30度程度に作られており、全体を見ればカッターナイフの先端、或いは簡単に折った折り紙のように見える。
メリスは刃の出していない状態のナイフを彩雅に投げ渡し、受け取った彩雅は即座に刃を出した。
「ワダ、使わせてもらうよ」
床に膝をつき、彩雅はナイフの刃をワダの手に突き刺した。
「カザマツリさん!?」
「クレイジーだねぇカザマツリ殿ぉお!!」
彩雅はワダの手を切開し、筋肉の中からワダのsfcを取り出した。血と組織液でヌルヌルなsfcは、気を抜けば指の隙間からつるりと抜け落ちそうだった。
さらに彩雅は、ワダの首から下げられている写真証を奪い取り、殆ど息で構成された声で「よし」と呟いた。
「私とクロトは先に出る。その1分後以降に、この社員証とsfcを使って脱出して」
「……し、承知しました……」
ネーデロスは彩雅からsfcと社員証を受け取り、脱出の準備を終えた。その際のネーデロスの顔は酷く引き攣っており、彩雅の狂気的行動に鳥肌を立てた。
「さて、行くよクロト」
「はい……一生ついて行きます!」
ドン引きするネーデロスとメリス。しかしクロトだけは、狂気的行動に走る彩雅に陶酔した。その顔は恍惚としているのだが、
彩雅とクロトはエレベーターのボタンを押し、すぐに開かれたドアを通過してエレベーターに乗った。
「ウチの女共はイカれてるねぇ」
彩雅とクロトを乗せたエレベーターのドアが閉まり次第、冷や汗を流しながらメリスは呟いた。
この後、指令通り1分以上経過した時点で、ネーデロスとメリスはBeautiful Day一同を引き連れてエレベーターへ搭乗。4階に降りた後、壁面にある窓から飛び降りた。
その窓を開ければ、隣接する立体駐車場の屋上が眼前に見える。普通に飛び降りても、跳躍力と運動能力に欠けていなければ、駐車場に飛び移ることはできる。
しかし一応念の為に、確実に駐車場へ移動させる術として、ビルと立体駐車場の間に巨大なエアバッグを展開していた。
ネーデロスは問題無く駐車場へ飛び移れたが、メリスは敢えてエアバッグにダイブし、エアバッグの上を滑って着地。
2人に続き、Beautiful Day一同は1体ずつ窓枠から飛び降りた。全員、エアバッグを越えて着地をした。
「……2人じゃなかったのか?」
立体駐車場でエアバッグを広げたのは、ネーデロスとメリスを待っていたジェイン。その後ジェインは2人と合流し、逃走する予定であった。……はずなのだが、実際に合流したのは、2人と7体だった。
「まあ、いろいろあった。移動しながら話そう。コイツら全員載せられるか?」
「…………ああ。載せられる」
ジェインは、眉を顰めながら言った。7体のマネキンを全て載せられる自信が無いのか、或いはマネキンそのものを嫌悪しているのかが分からないのだが、ひとまずネーデロスは、眉間に皺を寄せるジェインに「すまない」と一言呟いた。
一応、逃走用として準備した車は、10人乗りの車である。故に載せられないことはない。強いて言えば、畳んだ巨大エアバッグを詰めるスペースが減る。
「……早く帰ろう」
ジェインは、顰めた眉を元に戻すことなく、駐車した逃走用車両に駆け寄った。
(こうなることを予想していたのか……?)
遡ること1月26日。
ノーマルドから逃げてきたグラをサンムーンまで届けた日。グラと彩雅が社長室から退室した後に、ジェインはタッセロムから指令を受けた。
指令内容は、車両の調達と改造。指令達成までのリミットは3日間。
指定として、10人乗りの車両。さらに車体を補強し、10人に加えて複数の武装の重量に耐えられる仕様に改良を施せとの指令であった。
ジェインの人脈を用いれば、3日以内に指定の品を用意することは容易だった。ただ、その車両が今回の作戦に使うことになるとは思っていなかった。
あの車を使うように。そう指令したのはタッセロムである。
作戦としては、Beautiful Dayの破壊が目的だった。機械という話であったため、破壊不能は想定していなかった。しかし破壊できなかったが為に、こうして同行している。
破壊を前提としていれば、車両は5人乗りで十分であった。しかしそこで10人乗り車両をしてきたということは、この状況に陥ることをタッセロムだけは想定していたのではないか、という話になってくる。
(本当に、これは運んでいいのか?)
Beautiful Dayの輸送。
ジェインはその仕事を、心の中で僅かに躊躇った。
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