第20話 幕間、計画2日前

 足早に社長室から去った彩雅は、そのペースを落とすことなく、寮の自室へと帰った。

 寮生活者には、各々にカードキーが支給される。そのカードキーを、出入口となるドアの隣にあるスキャナーで読み取ることで、認証確認時点で部屋の鍵が開く。カードキー紛失の際には、sfcでの解錠も可能。

 因みに、サンムーンの寮に使われている鍵はホテルなどのドアと同じで、ドアを開け、閉めた時点で自動施錠される。しかし部屋の中からドアノブを回せば、鍵は自動で解錠し、またドアを閉めることで施錠する。

 このドアを導入することで、外出時の鍵の閉め忘れを防ぐことができる。ただ、カードキーの持ち運びが前提となる為、物忘れ激しめな人間にとっては少々生きずらい文明である。

 勿論、彩雅もカードキーを所有している。カードキーは紛失を防ぐため、同じく支給された(正確にはサンムーン側に支給させた)パスケースに収納している。

 クレジットカード程度のサイズのカードを、スキャナーにスライドさせる。すると、短く「ピッ」と音が鳴り、ドアの解錠が完了した。

 彩雅はドアノブを握り、30度ほど傾ける。するとドアは大した音も立てずに、彩雅の腕に引かれ、開いた。


「サイガ!」


 彩雅がドアを開くと、室内から、私服姿のグラが飛び出してきた。


「グラ……!」


 勢いよく飛び出してきたグラを、彩雅は受け止め抱き締める。日付が変わった頃から潜入捜査をして疲労困憊の彩雅には、腕の中で感じるグラの体の感触が強く染みた。

 またグラも、昨日の夜から彩雅に会っていなかった為、タックルついでに真正面から彩雅の体を感じた。


「おかえりサイガぁ……寂しかったよぉぉお……」

「ただいま。それで、さ、その……お風呂入ってもいい?」


 20時間の潜入捜査にもなれば、汗もかくし、変装用のメイクの匂いも染み付く。1日1回以上の入浴、或いはシャワーを楽しみにしている彩雅は、ひと仕事終えた今の自分自身はである。


「いいよいいよ! 一緒に入ろ!」

「入ってないの?」

「サイガ待ってたからまだ!」


 抱き合ったままイチャイチャと会話をする彩雅とグラ。

 そんな2人を、偶然、寮の廊下を歩いていた別の女性社員が見ていた。

 その社員は、こう語る。

 イチャつくなら部屋ん中でやれ、と。


 中略。


「え!? 明後日!?」


 あまり広くない浴室で、彩雅とグラは共に体を洗う。横並びで体を洗っている為に、腕や脚を動かす度、泡と湯で湿った互いの肌が触れ合う。

 そんな中、ただでさえ音の響く浴室内で、驚愕に塗り潰されたグラの声が強く響いた。


「この前に言ってたと思うけど……」

「……ああ、ごめん、聞いてなかったかも」


 明後日、彩雅は「新人類計画をぶっ潰す計画」のメンバーとして計画に参加する。つまりはまた、彩雅と半日以上会えない。そう考えただけで、グラの心は黒く濡れ、急激に冷えていった。


「……ちゃんと、帰ってくる、よね?」


 グラは計画実行日に関しては聴き逃していたものの、人の死が伴うような任務であることは聴き逃していなかった為、いざ任務実行となれば、彩雅のことが心配でたまらなくなった。


「帰るよ。計画を終わらせたら即座そっこーで帰るから、寂しいだろうけど待ってて」


 彩雅はほんの少しだけ座る位置を動かし、グラと肩が触れ合う程度に距離を詰めた。


「うん……お風呂入らずに待ってる」

「先に入っててもいいんだよ?」

「一緒に入りたいもん……」

「可愛いなぁ…………分かった。じゃあお風呂も待ってて。けど、ちょっと血の匂いがするかもよ?」

「なら私が洗って落としてあげる」


 ボディソープの匂いに隠れた彩雅の匂いを感じ取り、グラは泡まみれの体で彩雅に抱きついた。


「けど血よりも先に、私の匂いを染み込ませちゃう。彩雅の体に私の匂い、いっぱい付けちゃうから」


 グラは自らの裸体を彩雅の体に押し当て、密着した湿った肌をヌルヌルと滑らせる。

 ボディタオルの代わりに、グラという最高の素材で体を洗う。この状況には、流石の彩雅も平常心を保っていられず、無意識に足の指を丸めていた。

 心臓が強く、速く脈打つ。極僅かに、頭に痛みが滲む。腹の奥をくすぐられるような感覚に、思わず両膝を擦り合わせる。

 そんな様子の彩雅を見て、グラは少しばかり毒のある微笑みを浮かべた。


「お風呂でたら、もっとマーキングしちゃうけど、いいよね?」

「…………うん」

「んふ、可愛い……」


 そう言うと、グラは艶のある彩雅の頬に軽くキスをした。するとその直後、彩雅は顔を動かし、「違う!」と言わんばかりに唇同士のキスをした。


「…………グラの方が可愛い」

「ありがと」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る