第21話 2人の警察官

 2222年2月1日、金曜日。


 ノーマルドの受付に、ロングコートを着た2人組の男が居た。2人はスーツケースを所持しているが、それ以外に目立った手荷物は無い。

 1人は、30代くらいの、190cmはある高身長。髭は生やさず、髪も短い。側頭部はツーブロックになっている為、特に短い。表情筋が固まっているのか、男に表情は無く、受付の女性と目を合わせても眉さえ動かさない。

 1人は、20代半ばくらいの、180cm程度の身長。同じく髭は生やさず、髪も短い。しかし前者よりは長く、髪型もツーブロックではなくオールバック。こちらの男は前者より表情筋が柔らかそうだが、受付の女性と目を合わせても、殆ど表情は変わらない。

 黒いスーツケースを持ち、黒いロングコートを着た、2人組の男。傍から見れば十分に怪しいのだが、受付の女性は2人の素性を知った途端に態度を変えた。

 2人は、地元の警察官であった。


「あ、クドウさん!」


 その場に偶然居合わせてしまったクドウは、受付の女性に呼ばれ、しぶしぶ2人組の男と対面した。


「社員の方ですか?」


 オールバックの男がクドウに尋ねた。


「はい……えっと、どちら様でしょうか?」

「我々は……まあ、こういうものです」


 ツーブロックの男とオールバックの男は、それぞれコートのポケットから警察手帳を取りだし、それをクドウの前に提示した。


「御用件は?」

「……こちらの事務所の上階にて、法に触れるような活動が行われているとの情報が入りましてね。情報提供者によると、事務所の上階、正確に言えば5階以上は、社員さんの中でも一部の方しか出入りできないだとか」

「どこからそのような情報が?」

「公益通報者保護法が適応されますので、その質問に関しては回答できません」

「本日中に、御社の当事務所5階以上を確認させて頂きたく来訪致しました。少々手荒かもしれませんが、確認させて頂けない場合、我々は法と人員を最大限活用して御社へ踏み込み強制的に捜査を行う可能性もございます」


 年月と共に改定されていった、2222年時点での公益通報者保護法によれば、内部告発者に於ける保護内容の中には、個人情報全般が含まれる。

 故にこの場でクドウがどれだけ尋ねても、2人の警察官は内部告発者の情報を吐けない。そもそも、情報提供者が在籍中の労働者であるのか、退職した元労働者なのか、或いは入社履歴の無い部外者なのかも、警察官達は話すことができない。


「内部告発か……マキノ(受付の女性)さん、このお2人の件に関しては私が担当します。上層部への報告は私が直接実施しますので、マキノさんは通常業務に戻ってください。報告も不要です」

「わ、分かりました……」

「承諾感謝致します。それでは早速ですが、ご案内頂いても宜しいですか?」

「……分かりました。こちらへどうぞ」


 少し不服そうな顔を浮かべつつも、クドウは2人の警察官に背を向け、先導を開始。2人の警察官はスーツケースを動かし、前を歩くクドウについて歩いた。


「クドウさん、同行します」

「ありがと、ワダ」


 いつもと同じ歩幅で、いつもと同じ速度で歩くクドウは、いつも通りエレベーターのある1階奥へ向かう。

 その途中でワダが合流。

 2人は、共に行動することが多い。今日も同じ仕事があった為、2人で行動する予定だった。

 ワダは既に1階で待機しており、クドウの到着を確認した時点で近くまで近付いてきていた……のだが、警察官2人を相手にするクドウに声をかけられるはずもなく、こうして、移動の最中にさりげなく合流するに至った。


「失礼ですが、社員の方ですか?」

「はい。社員のワダと申します。案件は既に把握しております。勝手ながら、クドウと共に対応させて頂きます」

「恐れ入ります」


 ワダは、警察官2人に背を向けたまま軽く挨拶を済ませ、1度も目を合わせることなく会話を終えた。背を向けたまま話すことは極めて失礼な行為であるが、ワダの脳は既に、「勝手に上がり込んできたお邪魔蟲」である警察官相手に失礼な行為などあるわけない、という思考に至っていた。

 それに、ワダは極めて勘が鋭い。

 ワダは既に、背後を歩く2人組の男が、普通の警察でないことを見抜いている。

 根拠としては、靴。

 ツーブロックの警察官は、合皮製の黒い靴を履いている。しかしオールバックの警察官は、黒いスニーカーを履いている。

 2222年時点、警察官の装備する靴に関しては、黒の合皮製で統一されている。夜間の見回り、及び白バイ隊員、その他一部の例外は除くものの、この時間で活動する警察官が黒のスニーカーを履くことは基本的に考えられない。

 尚、この情報は一般公開されてはいるものの、本格的に知恵を身に付けるために調べないと分からない話である。

 ワダはその話を知っているが故に、オールバックの靴を見て、警察官ではないと判断した。

 とは言え、「偶然にもスニーカーを履いてしまった本物の警察官」である可能性も皆無ではない為、ここは敢えて2人の警察官の話に便乗し、真意を確かめることにした。


「このエレベーターを用い、ひとまずは4階へ向かいます。その後、乗り換えを経て、まずは最上階である7階へ向かいます」


 ワダが先行し、エレベーターのボタンを押した。するとタイミングよくエレベーターが到着し、クドウ、ワダ、2人の警察官が踏み入った。

 エレベーターに他の乗員は無く、1度も止まることなくスムーズに4階へ到着した。

 エレベーターのドアが開き、4人は下りる。すると、先行していたワダが唐突に足を止め、続くクドウ達も足を止めた。


「何故、ここに……?」


 ワダが足を止めたのには理由がある。

 上階へ向かうことを躊躇っているのではない。

 4階に、来客が居たのだ。


「Hello,Mrワダ、Mrクドウ。and……More」


 4階には、昨日に引き続き、リンコが居た。しかし今日はTAKUMI Factoryとの会談も、リンコの社内見学も予定されていない。

 この場にリンコがいることは、ワダも、クドウも知らなかった。

 故に驚愕し、足を止めたのだ。


「実は昨日、私、Accessoryの1つをどこかでLostしまして、探してるのです!」

「……だからって何故ここに居るんですか? 誰かから許可とりましたか?」

「受付の人に聞いたらOKくれたよ? それに探しても探しても発見できない……後は、6階を探してみたいです」


 面倒な案件の最中に、面倒な奴に出会してしまった。会社として、同時に個人的に、現状はあまりいい話ではない為か、ワダはリンコの言葉を聞くうちに重さのある頭痛を感じ始めていた。


「また6階、連れてってくれませんか?」

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