第22話 謎の会話

 昨日、リンコが見学として訪れた際、確かに大量の装飾品をと纏っていた。そのうちの一つが紛失したとしても、装飾品の数など把握しているはずもないワダとクドウには気付けない事案である。

 しかし装飾品を纏う本人であるリンコが「紛失した」と言ってしまえば、それは事実確認が取れないものの真実として認める必要がある。

 特に、ワダとクドウの背後には、ノーマルドの調査にやって来た2人組の警察官が居る。その警察官が偽物であったとしても、警察官を名乗る人間の前で「勝手に探してろ」などは言えない。

 それに厄介なことに、リンコは「6階にあるかもしれない」と言ってしまったが為に、捜索に加担するならばリンコも再度6階へ連れていく必要がある。

 面倒極まる。そう脳内で叫んだワダは、自身の中にある理性の糸が切れたようで、厄介者のリンコと2人の警察官を同時に処理するプランを即興で構成した。


「そう言えばクドウさん、今日はトマトジュース、忘れずに持ってきました?」


 エレベーターの近くに到達した時、何気なく、ワダが言った。クドウの方を見ることなく、進行方向だけを見て。


「持ってきたよ。あとで乾杯する?」


 クドウもまた、ワダの方を見ることなく、進行方向だけを見て言った。


「そうしましょう。待ち合わせは……6時でいいですか?」

「いいよ、それで」


 クドウとワダの後ろを歩く警察官とリンコは、現状とは全く関係の無い2人の会話に首を傾げ、何の会話だと思いつつも追及もせずに聞き流した。

 関連性の感じられない謎の会話と、聞き流す後方。立場の違う5人は4階にあるエレベーターの前に到着し、昨日同様、ワダが自身の社員証とsfcで認証を行い、上階へと向かう為のドアが開かれた。


「乗ってください。まずは7階へ向かいます」


 ワダとクドウが誘導し、リンコ達はエレベーターに乗り込む。全員が乗ったことを確認したワダは、エレベーター内壁面にあるボタンの、7階行きボタンを押した。

 エレベーターは目立つ振動も音も無く、7階、サーバールームへと向かった。

 サーバールームには、大量の配線と大型インターネット機器が常備されている。加えて、機材トラブルに迅速に対応する為の予備パーツなどもストックされている。

 足の踏み場が無い、訳では無い。あるにはある。が、狭い。

 2222年になっても空飛ぶ車が存在しないように、全ての機器が完全ワイヤレス化を遂げた未来にも至っていない。大型機器になれば未だに配線が必要となり、未だに電気屋では延長コードが定番商品として陳列されている。

 7階は、倉庫として使われる4階より、人の出入りが少ない。しかし4階と比べると埃臭さも少なく、人が踏み入ってないだけあり、全体的に綺麗である。

 電気系統が多く存在する部屋に於いて、埃は大敵である。故にサーバールームとして使われている7階には、空気を十分に循環させる空調機が設備されており、3ヶ月に1回は限られた社員により清掃も行われている。


「これらの機材は全て、ノーマルド社内で使用されているインターネットのメインサーバーです。この事務所だけでなく、敷地内にある工場にまでその電気を通しています。法に触れるものとは考え難いと思いますが?」

「確かに、これはただのサーバールームのようですね。ですが、まだ5階と6階の確認が済んでいません。引き続き案内をお願い致します」

「……では、次は6階へ」


 ワダがエレベーターのドアへ歩み寄る途中、ドア付近で待機していたクドウと一瞬だけ目を合わせた。2人は互いに、瞬きも、頷きもしない。ただ目を合わせる、それだけでよかった。


「ようやく6階、私のAccessoryがあるかもしれない場所ですね」

「……まあ、あればいいですが。……っと、失礼」


 エレベーターのボタンを押そうと手を伸ばしたワダだったが、パンツのポケットに入れていた携帯端末が音を鳴らした為、急遽ボタンから指を遠ざけた。

 通話の着信音だった。通話に応答するに当たり、ワダはエレベーター前から少し離れ、クドウを含めた他の面々には聞こえない程度の声での声量を維持した。


「お疲れ様です。……はい…………ああ、やっぱり………………分かりました、ありがとうございます」


 着信応答から1分程度の通話だが、その通話を終えたワダの表情は、奇妙な程にスッキリとしていた。どこか満足げで、酷くふてぶてしく、さながら何者かを見下しているかのようや嫌な表情だった。


「お待たせしました。では、6階へ向かいましょう」


 その表情の変化に伴ってか、ワダの声が先程までよりもキーが少し高くなり、僅かながら上機嫌なようにも見えた。

 警察官やリンコは勿論、クドウでさえもその表情の真意は理解できず、各々が怪訝そうに眉を顰めた。

 とは言え、妙な詮索はするべきでないと判断し、誰もワダの微妙な変化には敢えて触れなかった。

 相変わらずの表情のまま、ワダは改めてエレベーターのボタンを押し、7階で止まっていたエレベーターのドアが開いた。一同は再度エレベーターに乗り、今度は予定通り、6階へ向かった。

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