第19話 独自の計画
「大規模ハッキングシステムBeautiful Dayはノーマルド社敷地内7階建事務所の6階に存在します。そこへ至るにはノーマルド敷地内へ入り、事務所の受付をすり抜け、エレベーターで4階へ。4階に到着後、6階へ至ることのできるエレベーターへ搭乗すれば後は対面だけ。システム、データのリセット、或いは破壊を予定していましたが、Beautiful Dayの構成から推察するに、破壊が最善かと思われます」
ノーマルドへの潜入を終えた彩雅は、サンムーンへ帰投後、社長室にて得られた情報の開示を行った。室内にはタッセロムと、作戦内容開示時に集められたアルカナのメンバー全員が揃えられている。
既に潜入用の変装は脱ぎ、彩雅本来の姿に戻っている。
「20時終了、21時開示……恐るべき仕事の早さですね、サイガさん」
「正確には13時の時点で終了していました」
「失礼。ですが、ありがとうございます」
車椅子に座ったまま、軽く頭を下げるタッセロム。その頭皮から生える幾本かの白髪が目に付いたが、彩雅は微塵も気にとめなかった。
「アズエルが事前に収集してくれた情報のおかげで、問題無く潜入できた。感謝するのはこっちの方。ありがと、アズエル」
「照れちゃうねぇ……」
The15、アズエルの仕事は、色々。
今回は特技の人心掌握術と手品、及び、人を魅了する幼くも艶めかしさのある独特な声質を利用し、ジェインが調達した「情報提供者」という名の人質から幾つかの情報を得た。
アズエルの情報収集、即ち尋問は、限りなく催眠術に等しい技術である。アズエルから力ずくで聞き取ることはなく、ひたすら尋ね、相手が答えたくなるような、答えてしまうような状況に陥らせる。
タロットカードの大アルカナに於ける15は、「悪魔」。グラよりも背が低く、子供のような体格のアズエルとは無縁そうなアルカナであるが、案外、似合っている。
その容姿で人を油断させる。その巧みな話術で心を揺さぶる。その声で警戒心を溶かす。決して人殺しはしない。ただ囁き、促す。
神と悪魔とで比較した場合、人を殺した数が多いのは、神である。
悪魔とは人に語りかけ、囁き、促すもの。サキュバスにもなれば、
アズエルは、悪魔に似ている。故にタッセロムの判断により、アルカナ入団時に悪魔の数字を与えられた。
「ネーデロス、追跡はできた?」
「はい。今もGPSは確認できてきます。ノーマルド内からも動いていません」
The11、ネーデロスの仕事は主に、GPS操作を利用した追跡と盗聴。
sfcをベースに作成した、ネーデロス自作のGPSがある。名前は付けておらず、ただ、GPSと呼んでいる。ベースからのサイズ変更は殆ど皆無で、その重量もほぼ変わらず。
そのGPSには盗聴器そしての機能もある。音声認識可能範囲に限界はあるものの、衣類のポケットに収納していても、対人の会話程度であれば高音質で認識ができる。
変装し、ノーマルド社内に潜入した彩雅は、Beautiful Dayのある事務所6階にGPSを放置。黒く極小のGPSを、黒い床と黒い壁面の間の垂直部分に添わせる形で放置した為、それを一目で確認できることなどできやしない。
未だ、彩雅が放置してきたGPSは活動を継続しており、集音も継続している。しかし、彩雅が退室して以降、GPSは一切の音を拾っていない。つまりは彩雅以降、誰も入室していない。誰も入室していないということは、何者かによりGPSが事務所内のみで動かされていることも無い。
「でっわぁぁぁああ!? そろそろ僕の出番じゃないですかぁぁあ??」
比較的静かだった室内に、唐突にハイテンションな男の声が響いた。
声を響かせたのは、The1のメリス。彩雅は、メリスと初めて会った時から「この男は少しヤバいタイプだ」と感じていたのだが、やはり、普通ではないらしい。
メリスは声を響かせると、腕を広げ、さながら道化のように天を仰ぐ。尤も上には天井があるため、メリスの瞳に映るのは月でも星でもなく、天井と照明である。
「その通り。計画は予定通り、明後日2月1日に決行します。既に道具は調達してありますので、明後日もよろしくお願いいたします」
タッセロムがそう言うと、不思議なことに、室内に居た全員の表情が、ほんの少しだけ無意識に引き締まった。
そしてこの発言を最後に、彩雅による情報開示は終了し、各自は自由時間となった。
「あ、そうだジェイン」
退室しようとソファから立ち上がったジェインを呼び止めたのは彩雅。対するジェインは「どうした?」と低い声で返した。
「明後日、私は単独で帰るから、メリスとネーデロスが合流した時点で帰っちゃって」
一応、明後日決行される計画によれば、ハッキングシステムであるBeautiful Dayを無力化し、新人類計画に加担した社員を可能な限り殺害した後、潜入する彩雅、メリス、ネーデロスの3人はジェインの用意した逃走車両に乗車。全員が揃った時点で逃走を完了させる予定である。
しかし彩雅曰く、ジェインが運ぶのはメリスのネーデロスのみでいいらしい。
さすがに、その発言に関してはタッセロムも反応したようで、無言のまま聞き耳を立てていた。
「逃走する手段はあるのか?」
「んー……まあ、手段というか、追加の仕事があるから、一緒には逃げられないんだよね」
「追加の仕事?」
「そ。でも安心して。その仕事が完了した時点で、私の逃走経路は確定する」
そう言いながら、彩雅はジェインからライラに視線を移した。
「ライラ、計画に並行して信号機のハッキングはできる?」
「極めて容易な仕事です」
「そう言ってくれるって信じてた」
発言を終えると、彩雅は急ぎ足で社長室の出入口へ向かい、
「それじゃ、また明後日」
そう言い残し、足早に社長室から去っていった。
タッセロムを蚊帳の外にして独自の計画を立て、その計画にジェインとライラを巻き込む。そんな彩雅を見て、タッセロムはどこか嬉しげに微笑み、メリスは楽しんでいるかのようにぴゅうと口笛を吹いた。それ以外のメンバーは、さながら風のように去る亡霊と遭遇したかのように、目と口を開いて呆然としていた。
「ツキヤマ殿ぉ、あの調子だとアルカナのリーダーの座を奪われるのでわぁ?」
「サイガさんがそれを望むなら、私は構いませんよ」
場を掻き乱すような狂人的ポジションで落ち着いているのか、メリスは思ったことを数段増幅させ、さながら両者を揶揄するように言った。しかしタッセロムはいとも簡単にその発言を受け流した。
「社長は、何故そこまでカザマツリさんを信頼できるのですか?」
「私の先祖が、サイガさんを信頼していたからです。私の中の遺伝子が、細胞が、彼女を信頼しろと言っているんです」
「先祖代々で特定の誰かを信じる……という訳ですか」
「その通りです。とは言え、私は個人的に彼女を信頼しています。彼女から滲み出る魅力に惹かれているのは、私だけではないはずですが?」
そう言い、タッセロムは室内のメンバー達へ目を向ける。すると図星でも突かれたように、メリス以外の全員が目を逸らした。
「まぁ、メリスさんには理解し難い話題でしょう」
「よくお分かりで。僕はそもそも、僕以外の人間を信頼してませんからねぇ……」
メリスの発言に一斉に気を悪くしたメンバー達は、不機嫌そうな顔で次々と退室していき、最終的にはタッセロムとメリスだけが室内に残った。
「一応言っておきますが、私はメリスさんを信頼しています」
「気遣い不要ですよツキヤマ殿……僕にとって信頼は、ただの道具の1つなので」
他のメンバーから少し遅れ、メリスもソファから立ち、ゆらゆらとした足取りで退室していった。
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