第17話 その女、

 ノーマルド社内を見学するリンコと、リンコを誘導及び案内するワダとクドウ。

 リンコは、事ある毎にハイテンションな返しをして、気になるものを見つける度にハイテンションな反応をする。

 対面時点から崩れない典型的なノリと、見ていると最早イライラしてくる身振り手振り。同行するワダはその表情を少しばかり引き攣らせ、クドウは苛立ちを抑えるように軽く唇を噛んだ。

 リンコは第1工場と第2工場の見学にはそれほど時間を費やさなかったものの、ノーマルドのオリジナルカー製造をメインに行う第3工場と第4工場に入れば、自前のサファイアが如く碧眼を輝かせ始めた。


「Oh,Beautiful……and、COOL! これがノーマルドのOriginal Motorcycleですか!」


 第4工場に入った時のことである。

 工場内の検品エリアには、組み立てが完成したオリジナルカー達が複数台並べられている。

 その中にある一種、ノーマルドのオリジナルバイクに、リンコは酷く惹かれていた。


「お目が高いですね。そのバイクはまだ発売前の試作品で、この世界にまだ2台しか存在しない車種なんですよ」


 リンコが惹かれたのは、2台の、フルカウルのツアラーバイク。検品エリアの端の方に、一般車とは区分されるように置かれていた。

 そのツアラーバイクは試作品。これから検品であるため、まだ完成状態とは言えない。しかし2台ともが塗装され、すぐにでも乗れる状態になっている。

 縦並びに置かれた2台のツアラー。前側に置かれているのは黒を基調としたカラーリングで、後ろ側に置かれているのは白を基調としている。

 他のツアラーと比較すると、その車体は少し縦に長く、いざ乗ってみると想像以上に前傾姿勢になる。しかしそれはデザイン時点での意図的な構造であり、決して製造段階でのミスなどではない。


「2台……つまり、ここにあるだけ、ですか!?」

「その通り。我々の目の前にある、この2台だけです」

「……Great……Amazing,Brilliantですね!」


 ノーマルド社オリジナルバイク。その商品名は、サイレントゲイル。

 昔からバイク乗りは、「風になれる」という言葉をその身で味わってきた。

 昔からバイク嫌いは、「音がうるさい」と文句を垂れてきた。

 騒音問題を解消することは、決して不可能ではなかった。しかし騒音を抑えればパワーも抑えられ、結果的に、風になれる程の体感は無かった。

 しかし遂に、ノーマルドは開発した。

 サイレントゲイルはその名の通り、静かな疾風である。エンジン起動音と排気音を極限まで抑えた、騒音被害を誘発しない構造のエンジンと、防音加工を施したパーツ。それでいて設計上の最高時速は400km。

 騒音というストレスを与えず、且つ、乗り手が風になれるバイク。故に安直ながらも、サイレントゲイルという名が付けられた。

 試作品であり、未だ公表もされていない。現状としては、検品が終了次第、デモムービーと特設サイトなどを制作し、大々的に売り出す予定である。

 とは言え、検品が終了するのはまだ少し先。それに伴い、発売の告知などもまだまだ先になる。

 これは秘匿情報である。ワダはリンコに釘を刺し、リンコもまた「誰にも言いませんことよ」と中途半端な日本語で了承した。


「でも私……知ってるのですよ?」


 サイレントゲイルの感動が早くも冷めたのか、リンコは声のトーンを下げ、懐に飛び込もうと策略する蛇が如く目つきでワダとクドウを見た。


「ノーマルドは、もっとBeautifulでCrazyなSystemがある……よね?」

「「っ!!」」


 ワダとクドウは、瞬時に理解した。

 この女は、ノーマルドの最重要秘匿事項を知っていると。

 しかし驚愕は表には出さない。少しでも眉を動かしたり、目を見開いたり、息を止めたり、唾を飲んだりすれば、図星を突かれたことを悟られる為である。


「と、言いますと?」


 ワダは、リンコの言うシステムをていで言葉を返す。


「とぼけるの良くないです。MrワダとMsクドウが関与しているの、既に知ってます」

「関与とは?」

「New Human Project……知らないはずない、ですね?」


 新人類計画。その計画を知る者のは、ノーマルド社員の中でも半数未満。少なくとも、検品エリアで一般車両の検品を行っている3人の社員達は全員知らない話である。

 ワダとクドウは、新人類計画の概要を既に知り、計画実行に備えて人体回収用ドローンの検品や操作手順の学習に努めている。勿論新人類計画のことは他言無用で、仮に計画を知っている者同士の会話であっても、盗聴が危険視される状況での話題提示は厳禁。

 それは、株式会社ノーマルド起業以来の最重要秘匿案件である。

 しかし、社員でも無い女が、自ら計画の名を口にした。しかも、秘匿案件と知ってか知らずか、複数の人間が同室している工場内で。


「……リンコ氏、移動しましょう。ここは人が多過ぎます」

「ちょ、ワダ!」

「クドウさん、無駄です。彼女に嘘は通じません」

「英断、ね、Mrワダ」


 リンコは一応、TAKUMI Factoryの上層部の人間として来訪している。提携を前提とした会議の日の来訪であるため、それは疑いようが無い事実なのだろう。

 しかし何故リンコが新人類計画について知っているのか。考えたところで理解はできないし、尋ねたところで答えもしないと判断したワダは、下手に嘘を塗りたくるよりも、敢えて真実に触れされる方向へ頭を傾けた。


「あ、その前に……お手洗い、借りられますか?」


 リンコは移動の前に、トイレに行くことを要求した。



 ◇◇◇



 サンムーン社内には、射撃訓練場がある。勿論これは公表されていない情報であり、訓練場の利用はアルカナのメンバーに限られる。

 外から見えず、且つ近付けない場所。即ち地下にある。


「ん?」


 射撃訓練場のソファに座り、銃の代わりに缶入りのコーンポタージュを握るネーデロスは、ポケットに入れていた携帯端末が振動したことに気付いた。

 ネーデロスの携帯端末は、常にミュートである。しかしアルカナのメンバーからの着信やメッセージ受信の際のみ、振動する。

 ネーデロスは、騒がしいものが嫌いである為、携帯端末の着信音でさえも嫌っている。加えて、メッセージのやりとりをするような友人も居ない為、アルカナのメンバー以外を完全にミュートしていても、案外日常生活に支障は無い。


(カザマツリさんか……)


 振動は、彩雅からのメッセージ受信によるものだった。


『これから例のシステムの場所に案内してもらう』

『経路確認よろ』


 メッセージを確認したネーデロスは、コーンポタージュの入った缶を背の低い丸型テーブルの上に置き、右手に持っていた携帯端末を左手に持ち替えた。


「承知しました」


 ネーデロスは携帯端末の中に入った自作ツールを起動した。

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