第24話 炸裂

 DNK4300の、パンっ、という軽い銃声が響いた。

 弾かれた火薬の匂いが漏れた。

 グリップを握る手に振動が伝わった。

 放たれた銃弾は空中を泳ぎ、捉えた相手の服を、皮膚を、筋肉を抉った。

 黒い室内に、赤い血が加わった。


「ギっ……ぃぁぁああああああああ!!」


 銃声の次に響いたのは、叫び声。

 その声はリンコではない。男の声である。しかしそれはオールバックでも、ツーブロックでもない。

 叫んだのは、ワダである。


「な、んで! クド、ウ、さん……!!」


 発砲したのはワダではなく、クドウ。しかもクドウは、ニセ警官でもリンコでもなく、隣に居たワダの手を狙った。

 狙い通り、銃弾はワダの右手首に命中。その痛みと衝撃がワダの体から立つ力を奪い、結果、膝から床に崩れ落ちた。


「一昨日からリンコ・デイヴィスを疑って、今日は2人の警察官を疑った。結果、その疑念は真相を突いてた。そこまでは上出来だけど、アンタは重要なことを忘れてる」


 クドウはDNK4300を床に投げ捨て、両手を交互に羽織ったスーツの内側に入れた。スーツの内側には隠しポケットがあり、その中から2つの"何か"を取り出した。

 右手に持ったものは、少し大きめのライターのような形状をしており、クドウの手中に収まる程度の大きさと形状をしている。色はマットブラックだが、部分的にシルバーである。

 左手に持ったものは、右手のものよりも長い形状で、太い文鎮のようにも見える。色は全体がシルバーで、他の色は一切見えない。


「ワダ、あんたは一昨日の時点で、私のことを微塵も疑ってなかった」


 クドウは、右手に持ったものと左手に持ったものを接近させた。すると、カチャ、と小さな音を鳴らし、2つは合体した。

 右手に持っていたマットブラックのアイテム上部はシルバーで、その部分はマグネットになっている。左手に持っていたシルバーのアイテムの側面上部は四角く陥没しており、その部分も同様にマグネットになっている。

 マットブラックのアイテムのマグネットと、シルバーのアイテムのマグネットは、一定距離まで近付ければ、ガッチリと引かれ合う。両者が磁力でくっつけば、特定動作を実行する以外に、引き剥がす術は無い。

 マグネットで両者が合体した直後、文鎮のような形状だったシルバー部はロボットのように変形した。

 まずは、1cm程度だが縦に伸びた。それに伴いシルバーの表面は中心で分離し、シルバーの内側に隠された黒い部位が露出した。

 次に、分離したシルバー部が、上下共に中心で斜めにスライドし、数ミリ程度横幅が短くなった。

 最後に、分離して斜めにスライドした下部が細かな変形を経て、トリガーのような部位が現れた。

 文鎮のようだったシルバーのアイテムは、2秒未満で文鎮の形状を捨て、近未来的な変形を終えた。よく分からなかったマットブラックのアイテムは、トリガーの出現により、グリップとしての役割を得た。

 2つのアイテムは磁力で合体することで、1挺の銃になった。これは軍でも警察でも運用されていない、特定の集団のみが所持使用する銃である。

 そして、その銃を用いる集団というのは、アルカナである。


「私はハーメリス・クドウじゃない。変装した別人」

「嘘だ! 偽物のはずない!」


 ワダは、その言葉を信じなかった。何故ならノーマルドの従業員出入口には、sfc認証を行うセキュリティがある。同じタイミングで従業員出入口から出社したワダは、クドウが確かにセキュリティをクリアする瞬間に立ち会っている。

 セキュリティが拒めば、そもそもクドウはこの場に居れない。

 つまりはこのクドウが、変装しただけの単なる偽物だとは思えないのだ。


「じゃあ、これでも?」


 クドウは左手を用いて、自らの顔に爪を立てた。そして、素顔に被せた偽顔マスクを勢いよく剥ぎ取った。


「私はThe13……死神とでも呼んでおいて」


 クドウの顔が剥がれて晒された顔は、ワダの知らない女の顔。

 The13。風祭彩雅であった。


「何故……何故だ! クドウさんは何処へ行った!」

「殺したよ」


 彩雅は発言を終えると共に、銃のトリガーを引いた。

 アルカナの銃は、発砲音が極限まで抑えられている。しかし、それは最早意味が無い。何故かと言うと、アルカナの銃に充填される銃弾は普通の銃弾ではなく、炸裂弾なのだ。

 この銃で狙撃した場合、着弾後に銃弾が爆発する。人体であれば容易に皮膚を破り、肉を弾き飛ばす。下手に1発の銃弾をめり込ませるよりも、着弾地点の血肉を抉る方が殺傷性が高い。

 彩雅が活動していた2020年代には、このような銃は無かった。あったにしろ容易に手に入れられるような物ではなく、使用もリスキーだっただろう。

 しかし彩雅が超えた200年の間に、銃の技術も進化し、結果、このような銃が完成してしまった。

 そして、彩雅の放った1発の銃弾は、床の上で転がるワダの頭部を捉えていた。


 パンッ!


 発砲音は殆ど鳴らない。代わりに、着弾時の爆発音が響く。そして同時に、炸裂弾が血肉を弾き飛ばす音が鳴る。

 湿った肉と、真水より重みのある血の音。爆発音に掻き消されていても、聞き慣れていなければ鳥肌を立てる。加えてその凄惨な様を見れば、人によっては吐き気を催す。

 今回炸裂弾が壊したのは頭部であったため、血肉以外にも、損傷した眼球までもが床に散った。

 しかしこの場に居る誰もが、その様子を直視しても、吐き気を催したりはしなかった。


「ハーメリス・クドウの遺体からsfcを奪って、私の手に貼り付けた。だからセキュリティも突破できたの。分かった?」


 彩雅は、従業員出入口のセキュリティを突破できた理由を話す。

 本物のクドウは、新人類計画加担者として既に捕獲され、殺された。そしてクドウの遺体から顔と名前、さらにsfcを奪った。

 奪ったsfcは彩雅の手首に貼り付け、上から変装用メイクを施して隠した。ゼロ距離で睨み、且つ繊細な指使いで触れなければ分からない程度に隠しているため、誰かに疑われることもない。

 そもそも彩雅の変装がハイレベルなおかげで、誰もクドウを疑わないのだか。


「……炸裂弾を顔面に喰らったんだ。理解以前に聞いていないだろう」


 ツーブロックのニセ警官……改め、変装したネーデロスは、ワダに種明かしをする彩雅に指摘した。

 事実、ワダは既に死亡も同然な状態である為、彩雅の種明かしなどは最早聞こえていない。


「だって理解させる気なんて無いもの」


 ネーデロスは、彩雅の言動の理解に苦しんだ。しかしオールバックのニセ警官……改め、変装したメリスは、狂っているかのような彩雅の言動に、少しばかり共感し、親近感を覚えた。


「おっほ♡ カザマツリ殿ぉ、あなたも随分と気狂イカレてらっしゃるようですねぇ」

「正気で出来るような仕事じゃないもの。常識も慈悲もとっくに捨ててるよ。さて、それはさておき、そろそろ聞かせてくれる?」


 彩雅はゆったりと態勢を変えた。そして銃口を向ける相手を、顔面から焦げたような匂いを放つワダの遺体から、平然と立つリンコの顔面へ向けた。

 銃口を向けられても尚、リンコはその平然とした態度を崩すことなく、「ん?」と軽い声を漏らした。


「リンコ・デイヴィスの偽物さん……あなたは誰?」


 今日の計画は、彩雅と、ネーデロスと、メリスの3人の潜入であった。しかしこの場には、リンコが居る。計画に加わっていない要因が、彩雅達の眼前に居る。

 しかも、この場に居るリンコは"リンコ・デイヴィス"ではない。

 彩雅も、ネーデロスも、メリスも知らない、4人目の潜入者。彩雅達は、このリンコの偽物の正体を知る必要があった。

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