第7話 質問の回答

「初めまして。私はタッセロム・ツキヤマ。サンムーン代表取締役を務めております」


 サンムーンを訪れたグラが、まず最初に挨拶を交わしたのは、タッセロムだった。社長室で対面したグラの左隣には彩雅が立ち、右斜め後ろにはジェインが立つ。

 少々緊張した様子のグラを見て、彩雅が小声で「大丈夫?」と尋ねる。すると、グラは無言のまま軽く頷き、緊張を解す為か、ふぅと息を吐いた。


「単刀直入で申し訳無いのですが、アグラッシェさん、あなたは今現在、お父上から預かったチップをお持ちでしょうか?」

「……はい。ただ、その……持っている、と言うか……」


 言葉を発する最中に、グラは左腕を動かし、手の甲から肘にかけてをタッセロムに見せるように自らの眼前で腕を止めた。


「SFCとは別に、腕の中にチップがあります。父は私にチップを手渡さず、直接腕の中に埋め込んだんです」

「「「っ!!」」」


 さすがに、誰も予想はしていなかった。

 この時代を生きる人間は、生後1年以内にSFCと言う名のチップの体内挿入を義務化されている。

 "Smart Future Chip"を略し、SFC。そのチップは左手の中に挿入されている。

 SFC内には、チップを挿入した人間の個人情報が記録されている。オンラインでのアップデートを行うことで、決済機能やキーロックなどのオプションをつけることもできる。

 ただSFCの本来の用途は、セキュリティ目的である。

 SFCは常に人工衛星との交信を行っており、衛星経由でセキュリティシステムがSFCの判別を行う。簡単な話、覆面を被って犯罪行為に走れば、覆面に関係無くSFCの個人データを検出し、即座に犯人の特定が可能となる。

 SFCの導入により、21世紀と比較すれば犯罪数は多少減った。

 ただ、飽く迄も多少である。

 SFCの個人データ検出は確かに画期的なものであったが、プライバシー保護云々についても強く議論が飛び交い、結果、検出を行える範囲は限られた。

 犯罪者一同は、個人データ検出を行えない範囲で行動し、時には、個人データの検出が困難とされる高人口密度地帯での犯罪にも走っている。

 さて、それはともかく。

 グラの父は、SFCを挿入済みのグラの左腕に、さらにもう1枚のチップを挿入した。

 件のチップに限らず、SFC登場前後に開発され始めたチップは、大抵が超小型且つ超軽量化を実現している。

 小さく、それでいて軽ければ、逃走途中での紛失が懸念される。故にグラの父は、チップ挿入用の注射器を用いて、自身ではなくグラの腕にチップを挿入した。

 本来であればチップは父の腕に入るはずだったが、挿入前に狙撃された為、こうしてグラに託す形となった。


「摘出は困難……ならば、チップへのハッキングを行い、情報のみを摘出することとしましょう。とは言え、今日はもう日も暮れているますから、ハッキングは明日に行いましょう。宜しいですか?」

「構いません。ただ、その……私は、何処に居ればいいですか?」

「暫く家には帰れません。恐らくはノーマルドにより自宅は包囲。監視されているでしょう。今現在、帰宅は捕縛を意味します。支障が無いようであれば、当社の寮の一室を提供いたします。お求めの道具等がございましたら即座にご用意も致しましょう」


 家に帰るとしても、実家はこの街に無い為、そもそも即座に帰宅することなどできない。

 まさかまさかの逃亡生活の始まりを既に受け入れたグラは、そもそも家に帰る気など無い。

 さらにまさか。大手企業であるサンムーンの従業員用の寮を借りられるとは思わなかった。加えて、望むものを即座に用意してくれるという超絶VIP待遇。

 都合のいい話は疑え。グラが過去に読んだ小説に、そんな文があった。

 しかし今のグラは、疑わしくなる程の都合のいい話であっても、それが自身にとって有益となるならば、躊躇いなく飲む。

 そして、ただ飲むだけではない。

 真水に砂糖を入れるかのように、グラは都合のいい話を、さらに都合のいいように付け加えることにした。


「な、なら……」


 チラリと、それでいてゆっくり、グラは彩雅の方へ見向く。沈黙と視線に気付き、彩雅がグラの方へ視線を移すと、2人の視線は交わっていた。

 グラの視線移動、それと声色の僅かな変化を捉えていたタッセロムは、グラが何を求めているのかを拝察し、それを補助した。


「…………なるほど。サイガさん、家族を失い孤独となった彼女を部屋に招き入れる優しさ、あなたにはございますか?」


 少し脅迫じみたような言い方に、彩雅は呆れたように軽く溜息を吐いた。


「丁度、一人暮らしに飽きたところです。それに未だこの時代には慣れてないので、彼女が居てくれると私も心強いかと」


 会話をする為にタッセロムと視線を合わせていた彩雅だったが、ずっと隣から感じていたグラの視線に再び自らの視線を重ね、軽くウインクをしてみせた。

 2人の様子を眺めていたタッセロムは、当て馬になった気分を味わいつつ、少し満足気に鼻から息を吐いた。


「ならばサイガさん、アグラッシェさんをお部屋へお連れして下さい。ジェインさんはこのまま室内に留まってください」


 承知しました。彩雅とジェイン、2人の返事は同時ではなく、先に言った彩雅の返事にジェインが声を重ねたようだった。

 さあ、行きましょう。

 グラは彩雅に連れられ、軽めな足取りで共に部屋を出た。

 2人の女性が退室した為か、タッセロムとジェインが残った室内には謎の寂寥感が漂い始めた気がした。


「……さて、ジェインさん、The7セブンとしてのあなたに、次の仕事を指令します」


   ――――――――――――――


「社長、お尋ねしたいことが」

「何でしょう?」


 仕事の指令を承諾し、今日の会話が終わろうとしていたその時。ジェインが、唐突に尋ねた。


「サイガ・カザマツリに関してなのですが。彼女のコードネームはThe13……大アルカナに於ける意味は死神。単に変装を生業としているのであれば、死神よりも相応しいコードネームがあるのでは?」


 築山和葉が設立した犯罪組織、アルカナ。その名に添い、所属メンバーはタロットカードの大アルカナに因んだ数字のコードネームを与えられる。

 当時のメンバーである彩雅には、大アルカナ「死神」の番号である13。

 現在のメンバーであるジェインには、大アルカナ「戦車」の番号である7。

 メンバーは各々の仕事の手段があり、一言に「殺人」と言ってもその方法は大きく異なる。その各々の特色を見極め、且つその特色を大アルカナに照らし合わせ、指令者であるツキヤマ一族から相応しいアルカナの番号を振られる。

 ジェインは、タクシー運転手として活動し、主に人や物の運搬を伴う仕事を行う。車という点は大アルカナの「戦車」を連想させた為、タッセロムから7の数字を与えられた。

 さて、そこでジェインが疑問を抱いたのが、彩雅に与えられたアルカナである。

 彩雅は21世紀の怪人二十面相と呼ばれた程の変装の達人である。顔も、髪も、声も、時には僅かながら身長さえも変える。

 しかし、そんな彩雅に相応しいアルカナは、果たして本当に死神なのだろうか。

 怪物じみた変装を魔法に喩えて大アルカナ「魔術師」か、変装でその素顔も地声もことを踏まえて大アルカナ「隠者」、或いは日毎に姿形を変えることを踏まえて大アルカナ「月」か。それらが相応しいのではないのだろうかとジェインは考えた。

 ただ尋ねたものの、ジェインは大した答えを期待していなかった。

 何せ彩雅に死神のアルカナを与えたのは、タッセロムではなく築山和葉。名付け親でもないタッセロムが、ジェインの問いに対する答えを的確に答えられるとは限らない。


「んー……」


 困った。とでも言いたげに、タッセロムは右目の瞼を閉じ、唇をグッと締めた。

 その様子を確認したジェインは、想定していたタッセロムの反応に静かな溜息を吐き、どこか不満げに右手人差し指で側頭部を掻いた。


「これは……まあ、飽く迄も伝わってきた話ではあるのですが」

「……ご存知なのですか?」


 アルカナの創設者である築山和葉は、所属するメンバーの情報を記したノートを遺した。ノートという媒体故、情報は全て手書きだが、外部からのハッキングやデータコピーなどの危険が無かった。

 災害による紛失という危険はあったものの、紛失を防ぐ為に件のノートは厳重な金庫に保管された。

 指令者が次のツキヤマになった場合、引き継ぎということで、ノートの存在認知と歴代メンバーの情報閲覧、加えてノートへの追記の権利が与えられた。

 タッセロムも勿論ノートの存在を知り、閲覧をし、記憶もしている。築山和葉が記した彩雅の情報も閲覧した。


「サイガさんにコードネームが与えられる前の話なのですが…………サイガさんの初めての仕事は殺人。標的を殺害する際、サイガさんは、返り血を浴びながらも笑顔だったようです」

「……死神、と言うより、悪魔のようですね」


 その話が真実であるか否かは分からない。飽く迄もノートに記された情報であり、本人に事実確認をした訳では無い。

 ただその話が本当だった場合、ジェインの意見は的確で、彩雅は死神よりも悪魔という役職の方が相応しいように思える。


「覚えていますでしょうか? 私がジェインさんをスカウトした際の質問なのですが」

「……ええ、覚えています」


 ツキヤマ一族がアルカナのメンバーとして勧誘を行う際、大抵、同じ質問をする。その質問は当時のツキヤマと相手次第で言い回しが変わるが、意味合い自体は同じである。


 我々の背後には常に死神が居る。その死神に背を向け続けるか、或いは首に鎖を縛り付けて従えるか。


 ジェインもタッセロムから同様の質問を受け、ジェインは、死神に背を向け続けると答えた。

 死神に首を狩られるのは酷く唐突。しかし人の死など大抵唐突に訪れるものである為、今更死神を恐れる気にもならないと考えたらしい。

 スカウトの際、この質問を投げられた者達は、どちらを答えてもスカウトの無効は発生しない。仮にジェインが後者を選んでいたとしても、この場にジェインが立つことは変わらなかっただろう。


「サイガさんは、死神に背を向ける訳でも、死神の首に鎖を縛りつける訳でもなく、質問には無い第3の答えに至ったらしいです」

「第3の答え?」

「サイガさん自身が死神になる、と」

「……故に、死神であると。ものは言いよう捉えようとは聞きますが、その発言を鵜呑みにして死神の番号を与えるのは少々迂闊かとは思います」

「本当に迂闊なのは誰なのか。それは誰にも分かりません。……この話題は終えましょう、ジェインさん」

「……承知しました。失礼します」


 既に指令は受けているため、ジェインがこれ以上この部屋に留まる理由は無い。

 ジェインは無表情で退室し、指令された仕事の準備に入った。

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