第8話 距離感バグ

 サンムーンの敷地内には、従業員が住む寮がある。ただ寮とは言ったものの、それはただのアパートではなく、マンションである。

 勿論、部屋を借りた直後は何も無い為、家具などは住人自身で準備する必要がある。

 ただ、タイムマシンによる時空転移でこの時代にやってきた彩雅と、チップ強奪案件の加害者兼逃亡者であるグラに関しては、入用なものは全てサンムーン側が用意してくれる。

 彩雅が住む部屋の中には、既にテレビやベッド等の家具が揃えられており、設置された冷蔵庫の中もある程度ものが詰まっている。

 部屋にあるベッドはダブルサイズ。グラが同居することを予期していた訳では無いが、グラの寝床には困らない。また、衣類等も彩雅のサイズで問題が無い為、少なくとも今夜は快適に過ごせる。


「それにしても……まさかサイガがThe13本人だったなんて……」


 彩雅とグラの2人は、同居をする前に互いのことをよく知る為として、社長室からこの部屋に到着するまでの間に多少ながら自己紹介をしていた。因みにその際、互いに敬語は辞めようと決めた。

 その中で、グラは彩雅がThe13本人であることを知り、また、彩雅がサンムーンの所有するタイムマシンでこの時代にやってきたことを知った。

 元来、グラはあまり、真面目な人間ではなかった。悪を憎む心というよりも、自らが嫌うものをただ嫌い、興味のあるものにはとことん行為を示すタイプだった。

 その性格が災いし、グラは、彩雅に強く惹かれた。

 21世紀の怪人二十面相。眼前で見た変装と変声の技術と、これまでの経歴。そして何よりも、彩雅の容姿がグラの好みだった。


「怖くなっちゃった?」

「ううん。寧ろ興味津々。怖かったなら、こうしてサイガの部屋になんて来てないよ」


 彩雅の部屋に入室済みの2人は、室内に設置したソファに座り、会話の中で体の疲れをひとまず癒した。

 因みにソファは1台しかない為、2人は横並びに座っている。それも、何故かグラが接近して。


「ねぇねぇサイガ、昔の話とか聞いてもいい?」

「いいけど……その前にお風呂入らない?」

「一緒に入ってもいい?」

「……まぁ、別にいいけど」


 時間が経つにつれて、何故かグラが色んな意味で距離を詰めてくる。彩雅としては別に拒む理由も無く、都合が悪い訳でもない。

 故に!

 2人仲良く一緒に1つの浴槽に浸かってキャッキャウフフしても何も問題は無い!

 彩雅と一緒に入浴。その承諾を得た瞬間に、グラは「よし!」と言わんばかりに右手でグッと拳を作った。


「なら早く入ろう! 一刻も早く!」

「う、うん……」


 眼前で家族を失った当日なのに、グラは何故こんなにも元気なのか。

 一瞬、そんなことが彩雅の脳内を過ぎったが、敢えて深入りはせず、考えを振り払うように首を少し横に振った。


 脱衣所に入り、2人は服を脱ぎ始める。

 彩雅は僅かな羞恥心さえ覚えながらも服を脱ぐが、そんな彩雅をグラはいやらしい目で見つめながら服を脱ぐ。

 グラは下着を着用していなかったため、彩雅よりも早く脱ぎ終え、一切恥じらうことなく18歳の一糸纏わぬ姿を彩雅の前に晒した。

 尤も初対面の際に、グラは彩雅に裸体を晒している。今更恥ずかしがる必要など無いのだ。ただし相手は彩雅に限る。

 グラに凝視されながら、彩雅は着用していた黒い下着を脱いだ。特に、ショーツを脱ぐ際にはグラの視線が強くなった気がしたが、あえて無視して平静を保った。

 狭い脱衣所に、裸体の女性が2人。

 少し前へ踏み出せば、互いの柔肌が触れてしまう程に近い。そして、少し意識して呼吸をすれば、互いの香りが確認できてしまう程に。


「早く入ろ?」

「うん……」


 ここは彩雅の部屋のはずなのだが、最早主導権はグラが握ってしまっているような、そんな気がした。

 さてさて、入浴中の2人の様子については、であった為、割愛。

 代わりに事後報告として。

 2人は、極めて軽度な脱水症状を起こした。





「ハロー、マイフレンド。夜分遅くに申し訳ありません」


 照明を落とした社長室には、周囲に並び立つ建物の光と、地上の光が当てられた夜空に紛れた月光が射し込む。

 暗く、冷たい光の下で、タッセロムはアルカナのメンバーに電話をかけた。


『いえいえ、お気になさらず! 社長からの電話なら24時間受け付ける自信があるので!』


 電話の相手は女性。その高く活き活きとした声は、相手が若年女性であることは大抵の人間が理解できる。


「非常に助かります。近々、あなたの力を借りる程の仕事を行う可能性があります」

『ななな、なんですってぇ!?』


 アルコールでも脳に回っているのかと疑わしくなるような機嫌の声に、タッセロムは少し怪訝そうに眉をピクリと動かした。

 因みにタッセロムは、感情や思考が眉の動きに表れる癖があるのだが、本人はその事を知らない。


「詳細は追々お伝えします。The19ナインティーンとしてのあなたを信頼しています」

『承知! おまかせ下さい!』


 その通話を他に聞く者は居らず、且つ、そもそもアルカナのメンバーに15が居ることを知る者も殆ど居ない。

 The19。その存在は、タッセロムとごく一部のメンバーのみが知る。その性別、その仕事内容、その容姿、全てが秘匿。

 2人の間で連絡手段として用いている携帯端末は、既に改造済みで、通話を終えた時点で通話履歴が自動削除される。


「アデュー、The19」

『アデューです!』


 秘匿レベルマックスの通話は案外短時間で終了し、通話後、タッセロムは緊張を解くように深く息を吐いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る