第40話 今のアルカナ

 今夜20時。ジェインの家で、ライブ成功を祝う飲み会が開かれる。元々はライブが終わった1時間後、17時から始めるつもりだったが、クローネに別の仕事があったため、3時間遅れの20時開催となった。

 クローネ以外の飲み会参加者は、アルカナを抜けたメンバーである。

 ステージに立ったシオン。

 急遽運転手として雇われたジェイン。

 機材関係の役目を任されたライラ。

 整理券配布とピエロを務めたメリス。

 各々、食料などの調達に時間を費やし、クローネの仕事が終わるのを待った。



 一方、その頃。


『そのまま直進。合流予定地点は廃校前!』


 ヘルメットを通して聞こえてくる、アズエルの声。その声を聞くのは、彩雅。

 紫に染まった空の下で、彩雅はサイレントゲイルを駆る。羽織ったライダースの内側には銃を仕込んでおり、即座に発砲ができるよう準備してある。


『100m先左折!』

「オーケー!」


 アズエルは遠隔操作で信号を操作しつつ、彩雅を誘導する。そして彩雅はその誘導に従い、減速を最低限に抑えた運転を続行する。


『一時停止看板で停止! 構えて!』

「あいよ!」


 ブレーキングと同時に車体を横向きに動かし、彩雅は指示通り、看板の下で停止。下車はせず、ライダースから銃を取り出しそれを構えた。

 銃口が向くのは、道幅の狭い旧道。その狭さ故、30年ほど前に一方通行の道路へ変更された。

 車が来るのは、彩雅から見て右側。

 そして今からこの道を通過するのは、ブラウンの海外仕様セダン。


『秒読み…………5、4、3、2、1』


 カウントが1を過ぎた時、ブラウンのセダンが彩雅の前に現れた。

 刹那。彩雅は、トリガーを引いた。

 銃口から放たれた炸裂弾はセダンのサイドウィンドウを貫通し、左ハンドルを握る中年男性の側頭部に着弾。車内にて弾丸が炸裂した。

 頭を狙撃された途端、セダンはコントロール不能になり、スピードの乗っていた車体はスピン。廃校前の空き地に進入し、高回転の末に停止。

 その様子を見ていたのは、狙撃した張本人である彩雅と、もう1人。セダンを追尾し、この場所に到着するよう誘導した、クロトである。


「お疲れ様です、彩雅さん」

「うん、おつかれ」


 死亡したセダンの運転手は、日本政府に忍び込んでいた海外のスパイだった。日本政府はいち早くスパイの存在に気付き、非合法活動を生業とする者達にスパイの駆除を依頼した。

 その果てに依頼はアルカナへ流れ着き、今に至る。


『遺体の処理は政府がやってくれる。2人はそこから離脱して』


 アズエルの指示で、彩雅とクロトは離脱。現場にはタイヤ痕と車が残されたが、数時間もしないうちに、現場は事件前の状態に戻っていた。



 ◇◇◇



「お疲れ様。つい先程、日本政府からの依頼金が振り込まれた。明日、3人の口座に振り込んでおく」


 社長室の椅子に座り、帰投した彩雅とクロト、社長室から誘導していたアズエルの3人と会話をする男は、タッセロムの死後に社長に任命されたネーデロスである。

 元警察官という経歴。加えてサンムーン社員としての評価、功績も考慮した大株主と社員の推薦により、社員に任命された……というのが表向きな話である。

 タッセロムの死後、ライラの偽装した推薦状と遺言書により、他の社員や株主の反論を認めることなく、ネーデロスを社員へ祭り上げた。

 タッセロムの死は確認されていない。タッセロムの遺体は焼死体で、且つ損傷が酷い。故に身元の特定に至れず、その焼死体がタッセロム・ツキヤマであるという可能性さえ考慮しなかった。

 偽造の遺言書があるが、遺体は発見されていない。よってタッセロムの現状での扱いは「死亡」ではなく「失踪」。人知れずところで自害か、或いは顔と名前を変えて別人として生きているのではと噂されている。


「今回の仕事はキツかったから、金額も期待しちゃいますなぁ」


 ニヤニヤと笑いながらアズエルが言うと、ネーデロスは携帯端末の電卓アプリを用いて、1人あたりの報酬額を計算した。


「えー……平等に分配した場合、端数切捨てで830万円だ」

「「「はぁ!?」」」


 3等分して830万円。その金額は、ここ数年の仕事の中でも最高クラスの報酬額で、3人全員が口を開けて驚いた。特にアズエルに関しては顎が外れる寸前にまで開けたようで、顎の奥に痛みが走った。


「……社長、私暫くお休み貰いますね」

「私も……」

「テンドウさんもイチミネさんも、大金を手にした途端に休暇とは……まあ、働き詰めより断然いい。復帰はいつでもいいから、休むといい。カザマツリさんも休暇?」

「んー……グラと相談してから決める」

「承知した。なら今日は解散。これから行きたいとこあるし、みんなも疲れを癒すといい」

「なになに? いやらしいお店?」

「そういうことにしておけ。否定するのも面倒だ」


 社長になったネーデロスは、同時に、アルカナのリーダーになった。他のメンバーからの要望と、立場的な話が重なった結果、ネーデロスは女性メンバーに対する敬語をやめた。

 ただ、メンバーを呼び捨て、しかも名前で呼ぶことに対する抵抗は捨てきれず、未だに"さん"付け苗字呼びは変わらない。


「2人とも、これから暇? 暇だったらご飯でも食べに行かない?」


 予定があるネーデロスは除外し、アズエルが彩雅とクロトに問う。


「私は友達の家に遊びに行くので、今回はお断りします」


 最初に断ったのはクロトだった。その理由を聞いたアズエルと彩雅は、「クロトにも友達がいたのか」と思ったが、敢えて表面化せずに心の底へしまいこんだ。


「私は暇。なんなら最初ハナから外食の予定だった。グラも一緒でいいなら付き合うよ」

「勿論。明日には結構な額が入るから、昨日は私の奢りでいいよ」

「ガチ!? なら遠慮無くお腹いっぱい食べてやる」


 アルカナに残った側も、自分の力を活かして仕事をしている為、それなりに充実した人生を歩んでいた。

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