最終話 星、ステラ、スタァ

 某市。港湾。


「1年、か……一瞬のようであり、随分と長くも感じた」


 愛車を駆り、港湾にまでやって来たネーデロス。この港湾は、1年前にタッセロムが焼死体になった場所である。

 死亡の確認が取れていないタッセロムには墓が無い。故に誰も墓参りを行えない。

 しかしただ1人。タッセロムに代わり、社長とリーダーに任命されたネーデロスだけは、タッセロムの擬似的な墓参りを画策していた。

 そして今日、ネーデロスは1人でこの港湾へ来訪した。その左手に造花の金盞花が握り、タッセロムが焼死体になった港湾の端の方まで歩く。


「社長、あなたを殺したのはサイガ・カザマツリじゃない。俺の銃です。恨みたいなら、呪いたいなら、カザマツリさんではなく俺を選んでください」


 ネーデロスは金盞花を投げ捨て、右手で握っていたM629の銃口を金盞花に向けた。刹那、撃鉄を倒し、発砲。

 放たれた銃弾は金盞花の束を貫通し、暗闇の中へ消えていった。恐らくは海の中に落ちたのだろう。


「幸せな時間を歩む仲間みんなより、俺を憎んでください。俺も、あなたのことを許すつもりはありませんので」


 墓参りを終えたネーデロスは、落下した金盞花に背を向け、駐車場へと向かっていく。

 墓参りと言えば線香の匂いが漂うのだろうが、この日、この場所に限れば、漂うのは線香ではなく火薬の匂いであった。



 ◇◇◇



「おかえりー!」


 ドアを開けて早々に、室内からグラが飛びついてきた。いい加減慣れてしまった彩雅は、グラを容易に受け止め、「ただいま」と柔らかな表情で応えた。

 寧ろ彩雅だけでなく、アズエルも、寮に住む他の社員も、皆がその光景に慣れてしまい、最早常識として認知していた。


「グラ、お腹すいてる?」

「ペッコペコだよ~」


 タッセロムの死後、社内環境とアルカナの雰囲気が変わった為か、グラは1年前よりも子供らしさが増している。毎日見ている彩雅は気付いていないが、数日おきにしか顔を合わせないアズエルは「甘えたがりが加速してやがる」と内心思っている。


「ならよかった。アズエルが晩御飯奢ってくれるんだって」

「奢り! アズエルさん好き!」

「ええ? じゃあ私とサイガちゃん、どっちの方が好き?」

「サイガ!」

「ナイス模範解答!」


 元々、アズエルは他のメンバーよりもグラと仲が良かった。その仲は1年の間にさらに深くなり、互いに良き友人であると認識している。

 グラとアズエルが仲良くしている場面を見ると、何故か彩雅も嬉しくなった。しかしそんな本心は言葉に絡めず、心の中で留めている。


「その前に着替えなきゃ。ほら、中に入って」

「はーい」


 彩雅は、酷く充実していた。

 自らが生まれた時代ではなくとも、200年前よりも楽しい時間を過ごせている。

 グラという恋人ができて、アズエルという友人ができて、ネーデロスという新たな上司ができて、クロトという信頼できる仲間ができた。それに、アルカナの元メンバーであるジェイン、ライラ、シオン、メリスとも未だ交流がある。


(そういや、もう1年以上経つのか……)


 人間のことがずっと嫌いだった。

 人間を殺すことでしか、自分の存在意義を保てなかった。

 表面上は笑っていても、心の底から笑えることは殆ど無かった。

 しかし、今は違う。

 人間のことが、少しは好きになれた。

 自分の存在意義など、考えないようになった。

 心の底から、笑いたい時に笑えるようになった。

 彩雅は、自分でも分かるくらいに、明朗で柔和な人間になった。


 もしもその未来が、君にとって肯定しがたい未来であるならば、君はまた君として生きるといい。


 映像の中で、築山和葉が言った言葉である。その言葉を信じ、彩雅は200年後の世界で、再び死神になった。

 もう、違う。

 既に、彩雅が充実できる未来である。仕事の時はまた死神にもなるが、もう、常日頃から感情にマントを被せる必要が無い。

 今は彩雅は死神としてではなく、1人の若い女性である風祭彩雅として生きている。

 築山和葉の言葉は、もう必要無い。

 200年前に死んだ男の声よりも、今を生きる自分の声に従うのだから。


(……うん、楽しいや)


 良い仲間に出会えた。

 そう思えば、あの日プランZを決行したのは、案外、間違ってなかったのかもしれない。


「彩雅? どうかした?」


 黄昏れるかのように呆然としていた彩雅に、グラが声をかけた。


「いやぁ……なんだか幸せだなって」

「急にどうしちゃったの?」

「なんでもない。早く着替えちゃお。私もお腹空いちゃった」



 ◇◇◇

 ◇◇◇

 ◇◇◇

 ◇◇◇

 ◇◇◇



 街には、芸能人などが多く住むマンションがいくつかある。とは言えコンプライアンス重視なこの時代、認知している部外者は、不可侵領域としてマンションには立ち入らず、カメラも構えない。

 そんな中の1つに、「ノクターナル」という20階建てタワーマンションがある。

 そのマンションには、勿論のこと駐車場がある。しかしその駐車場は特殊で、各スペースがトランクルームやガレージのような構造になっている。

 入居時、或いはそれ以降に、住人はその駐車場のスペースを登録できる。登録しておくことで、そのスペースに車やバイク、自転車などを収納できる。

 全てのスペースにシャッターが装備されており、登録者に配布されるスマートキーを用いることで、乗車したままでのシャッター開閉が可能となる。

 さてさて。そんな駐車場に、サイレントゲイルを操縦するクロトが訪れた。クロトはこのマンションの住人であり、サイレントゲイルを駐車するためのスペースを所有している。

 スペースナンバーは315。シャッターを開け、駐車。ヘルメットを被ったまま、クロトはスペース内から出た。

 音の響く静かな駐車場内を歩き、上階へと伸びるエレベーターへと向かう。

 エレベーターの向かう先は、4階。その途中に誰もエレベーターを利用しなかった為、クロトは円滑に4階まで向かえた。


「ひゅー……」


 エレベーターから下りた彩雅は、廊下に入った瞬間にヘルメットを脱いだ。

 アヒル口程度に口を開き、限りなく口笛に近い程度の息を漏らした。人が1人も歩いていない廊下を歩き続け、4階の一番端、角の部屋の前で立ち止まった。

 このマンションの各部屋の入口には、sfc認証用のモニターがある。そのモニターに手をかざすことで認証を実行し、完了時点で部屋のドアが解錠される。

 クロトは手をかざして認証。問題無く承認は完了し、解錠。ドアを開けて帰宅した。


(思ったより時間無いか……まあ、どうせメイクも殆どしないし、問題は無いよね)


 帰宅後早々に、クロトは仕事用の黒いコートを脱ぎ、デニムのパンツもTシャツも脱ぐ。下着姿のまま靴下を履き替え、脱いだ衣類は床に投げ捨てる。

 クローゼットを開け、外出用の服を取り出す。これから着る服は既にチョイス済である為、何を着ようかと悩む時間を省けた。

 紺色のTシャツに、水色のロングスカート。その上から、プライベート用の黒いロングコートを羽織る。

 全身真っ黒な仕事用コーデは、すぐさま休日用コーデとなり、短時間で印象をガラリと変えてきた。


「っと、外さなきゃ……」


 クロトは、「クロト」のマスクを剥がし、室内で素顔を晒した。クロト・イチミネではなく、サイガ・クスノキの素顔になった。クロト用の黒髪ウィッグも剥がし、サイガの地毛が顕になった。

 ただ、その姿は、その素顔は、アルカナのメンバー達の想像には無かった。

 青みを帯びた銀髪ショートボブ。実年齢より若く見られる童顔。ノーメイクでもと殆ど変わらない、美しく、それでいて可愛らしい姿。

 その姿は、歌姫、クローネ・ミナトだった。


(洗顔と……あー、もうメイクはいいや。メガネとマスクで誤魔化す!)


 クローネ・ミナトとは、サイガ・クスノキの「歌姫としての姿」であり、サイガ・クスノキ本体。つまりは、ただの芸名。

 サイガ・クスノキは、芸能活動の傍ら、アルカナのメンバーとして活動しているのだ。

 クロト・イチミネという名は、芸名を少しいじった名である。単純なアナグラムの中で、「ー」という伸ばし棒を「いち」と解釈させ、ーミネ、という形にした。加えて本名と芸名を隠すという意味を込めて、クローネ・ミナトという文字から「ナ」を除外した。


(さてさて、電話……)


 クロト改めサイガ、さらに改めクローネは、携帯端末を用いてジェインに電話をかけた。既にその声は「クロトの声」ではなく、「サイガでありクローネの声」、つまりは地声に戻している。


「あ、もしもし。タクシーお願いしたいんですけど」

『はいよ。行き先は俺の家ですね。今はどちらに?』

「自宅です。○○区のノクターナルっていうタワマンなんですけど……」

『ああ、あのタワマン……分かりました。ではこれから向かいます。正面入口付近でお待ちください』

「お願いします」


 これからクローネはジェインの家に向かい、ライブ成功を祝う飲み会に参加する。

 朝はライブの最終リハ。昼はシオンとのライブ。夕方はアルカナの仕事。夜はジェインの家で飲み会。多忙な1日になったが、クローネは疲労を一切露見させない。


「マスクマスク……っと、メガネ……」


 The17。クローネ、否、クロトが与えられた大アルカナは、星。正確には「与えられた」のでは無く、「自ら望んだ」為に得た大アルカナである。

 星は常に、人々の頭上にある。しかし時間次第で星は姿を隠す。北半球にて姿を現せば、南半球ではその姿が見えない。逆もまた然り。

 サイガ・クスノキという人物は常に存在する。しかしクローネが人前に立つ時、クロトは何処にも見えない。クロトが銃を握る時、クローネは何処にも見えない。

 そこに居る。しかし見えない。

 姿を、形を変えるのは、月や太陽だけではない。星もまた、姿を変える。


「……よし、行くか」


 人々が、アルカナ関係者が、サイガ・クスノキという人間の実態を知る日は、訪れるのだろうか?

 否、訪れない。

 人がその実態すがたに触れ、眼を凝らさずに視認できるには、文明はまだまだ進化の途中である。

 彩雅が死神であるように、クローネは星なのだ。

 星に触れるには、人間ひとはまだ小さすぎる。

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Arcana in Future 智依四羽 @ZO-KALAR

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