第15話 新人類計画

 1月27日。21時00分。サンムーン社長室。


 The13、死神。風祭彩雅。

 アグラッシェ・カガミ。

 The7、戦車。ジェイン・サガラ。

 The20、審判。ライラ・ヨシノ。

 The1、魔術師。メリス・フナト。

 The11、正義。ネーデロス・ヤノ。

 The15、悪魔。アズエル・テンドウ。


 複数のメンバーが関与する作戦。それは大抵が大掛かりな作戦であり、他の仕事以上の秘匿事項である。参加メンバーへの作戦概要開示は、他の仕事の際以上に慎重に実施される。

 所定時間に、メンバー全員が防音仕様の社長室に集められる。所定時間になった時点で部屋のドアは施錠され、遅刻すれば情報開示の場には立てない。

 今回の作戦で必要とされ、集合をかけられたメンバーは、1人も欠けることなく見事に揃った。

 6人のメンバーと、関係者である1人を足した系7人。全員は社長室のソファに座らされ、タッセロムは自身のテーブルに膝をついている。


「お集まり頂きありがとうございます。ではまず最初に、そちらのお嬢さんについての説明を行いましょう」


 タッセロムによる、グラの紹介と、ここへ至るまでの経緯の解説が始まったが、中略。


「そして件のチップの中身に関して。ライラさん、お願いします」


 ライラは、ハッキングして解析を完了させたチップの情報を印刷し、自身を含め7人分の紙を用意した。

 クリアファイルに入れていたその紙を取り出し、ライラは全員に配布する。

 各々はその紙を受け取り、パッと、羅列された文字の最上部を見た。


「その紙に綴られた情報は、工業製品の製造を行う企業であるノーマルドが計画している事案。つまりは、ノーマルドの理想。その理想がどれだけヤバいか……これから説明するよ」


 軽く咳払いをして、ライラは説明を開始した……のだが、その説明は極めてシンプルだった。


「その紙に書かれた理想を実現させれば、人類は絶滅危惧種になる。じゃあこれから黙読の時間に入る。各々その紙の最後まで読んで、アーノルドの理想に伴う絶望を確認してちょーだい」




 新人類計画


立案者

ジルファス・タキミ


計画実行予定日

西暦2222年2月2日2時2分



 計画実行予定日所定時刻に、自社製造の大規模ハッキングシステム"Beautiful Day"を起動し、全世界に対してsmart future chip(以下sfc)への同時ハッキングを実行。事前に登録してある特定人物以外の、全人類の体内に挿入されたsfcを起点に、脳と心臓へショックを与える。

 全人類へのショック攻撃が完了後、全人類の半死状態を確認。完了次第、Beautiful Dayが作成した地球上人類のカースト表を参照に、新人類へ昇格させる人体を選別。

 選別完了後、無人ドローンを起動させ、選別した人体を収集。自社への輸送を開始する。

 全個体の収集が完了後、半死状態の未収集個体全てに再度ショックを送信。2度目のショックを以て、未収集の全人類の死滅を実行する。

 新人類への昇格が決定した個体からは、細胞の情報を摘出。その後、情報をベースにクローン個体を製造し、また、クローン個体から複数のクローン個体を量産。最終、オリジナルの個体は、新人類の制御システムへと転換させるものとする。

 新人類製造に於ける実験個体は、全てクローン個体であることを条件とする。



   最終加筆者 ネリオット・オダ



「新人類……?」


 全てを読み終えた後。その場に居る誰もが、酷く困惑していた。

 まずは、人類の死滅。

 次に、新人類。

 最後に、オリジナル個体の、制御システムへの転換。

 何故、個人ひとではなく、人間全体を殺すに至ったのか。新人類とは何なのか。新人類を制御するシステムとは何なのか。

 まるで、思いつきで人類滅亡を計画したかのような、言葉不足且つ説明不足な内容であった。だが逆に、最低限の言葉と説明で計画を実行できるほどに、新人類等の概要が仲間内で広がっているのであれば、それは相当厄介な話になってくる。


「sfcのハッキングで全人類を半殺しにするなんて、実現可能なのか?」


 ジェインが尋ねた。その質問に対して即座に応えたのはライラ。

 その答えは、Yes。

 ライラの見解によると、決済情報や個人情報等の膨大はデータが記録されているsfcのスペックを完全に活用すれば、体内から人体を焼き殺す事も可能であるらしい。

 しかし、sfcのスペックを用いて、しかも世界中で同時に人を殺すようなシステムなど作れるのかが分からない。もしも既に完成済みであるとするならば、それは人類がその手に触れるには早すぎる。

 何故ならそのシステムは、神の起こす大洪水に等しいのだから。


「私達はこの作戦が実行される前に、システムを破壊、或いはデータのリセットを行い、新人類計画の立案と実行に関わる人間全員を駆除する必要がある」

「なるほど。犯罪集団である俺達が、この世界を救う為に戦うってか」

「少し違うね。正確には自分達の命を守るため、かな」


 自分の身を守るには、手の中から無理矢理チップを抜き出すか、或いは計画自体を白紙にさせるか。その2つの方法がある。アルカナが実行する方法は、後者一択であった。

 新人類計画とやらを知り、且つ加担している者達全員を殺し、隙あらばノーマルドという会社自体を殺す。それがアルカナのリーダー、タッセロムの判断である。


「ヨシノさん、いいですか?」


 The11、ネーデロスが挙手をした。

 ネーデロスはライラよりも年下であるため敬語を使っている……という訳ではなく、ライラがアルカナ内に於ける先輩に位置する為に敬語を使っている。

 また、ネーデロスは童貞を極めている為か、ライラに限らず、女性相手だと大抵敬語を使ってしまう癖がある。因みに、女性と目を見て話すことはできるが、一定以上の距離に近付くと、鼓動が早まる。

 故にソファに座る今、両隣に座っているのは2人とも男。自身の左側にはジェインが座り、右側にはThe1のメリス・フナトが座る。


「計画に関わった人物の特定については、正直、相当困難なのではないかと思いますが。加担者全員の名簿も恐らく存在しないかと」

「的確な意見だけど、それについては問題は無いかも」

「と言うと?」

「最終加筆者のネリオット・オダって男は、既にマークしてあるらしいよ。でしょ、ジェイン?」


 会話の矛先がジェインにも向けられ、それに伴い、面々の視線もジェインへと移った。


「昨日の時点で社長から指示を受けていた。カズール・カガミ氏の依頼の中には、"ネリオット・オダが主犯格の可能性がある"とあった。故に指示直後、俺の個人的な友人達の手を借りてマークした」


 サンムーンの周辺に拠点を置く、ジェインの「個人的な友人達」は、所謂、情報屋の集まりである。アルカナに負けず劣らずの職業の人間が集まり、情報屋、否、寧ろ探偵にも匹敵するような仕事をする。

 その友人達は、サンムーン社員のネリオットの情報を即座に入手した。そしてその情報を元にサンムーン近辺で待機し、ネリオットが所有し、通勤に用いている車両にGPSを搭載するに至った。

 GPS追跡の結果から、ネリオットの住居も特定済み。その帰宅時間と、出勤の為に住居から出発する時間、さらには通勤ルートも記録されている。


「ネリオットはいつでも捕縛できる。捕縛を完了すれば情報を取り出すこともできる。とは言え加担者全員を特定することはそれなりに難しい。後は……潜入捜査か?」

「そう。潜入捜査はサイガさんにお願いしたいのですけど、可能ですか?」

「勿論。ただ、私が化ける対象を事前に決めておかないと、キャラ付けと偽顔マスクの製造ができない。アーノルド側の人間の情報がもう少し欲しいかな」

「俺が用意しよう」


 そう言うとジェインは、パンツのポケットから携帯端末を取り出し、メッセージアプリを用いて件の友人達に「社員の名簿入手とGPSの取り付け」を依頼した。

 さてさて、ここまでの時点で、集められたアルカナのメンバー達は、殆ど言葉に詰まることなく会話を続けている。しかも息継ぎをしているのかと心配になる程に連続し、通常の会話よりも早口で。

 メンバー達の会話を、ソファの下座に座ったグラは無言で聞いていた。会話の内容と、流れるように溢れてくる言葉の群れに、グラは無言どころか言葉を失い、最早、呆然としていた。


「サイガ、潜入捜査中の情報収集に費やす時間の目安は?」


 ジェインが、斜め前に座った彩雅に尋ねる。


「会社内の構造と私が変装した人物の階級次第で前後するけど、マックスでも20時間あればいける」

「潜入捜査中の情報収集を前提とすれば、アーノルドの社員の勤務時間的に3日程度ってとこか」

「何言ってんの? 1日が何時間か知らないの?」


 彩雅の放った煽るかのような発言に、ジェインは反射的に「あ?」と応えた。ただ、不良少年のような返し方に対してグラが強めに睨んできた為、失言に対する反省の表れとして咄嗟に口元を手で隠した。

 因みに、グラは睨んできたが、煽った側の彩雅は睨みもせず、嫌な気分も抱いていない。というかそもそも気にしていない。


「20時間は1日の6分の5。情報収集は社員が居ない時間こそ実行し易いじゃない?」

「ほおお? よくもまあ20時間も継続して動けるねぇ」


 The1、メリス・フナトは、20時間の継続潜入捜査を実行する前提で話す彩雅に、正直なところ引いた。

 メリスは、この場に集められた6人のメンバーの中で最年長の33歳である。とは言え、他のメンバーに体力面で劣るとは思ってはいないし、事実、ジェインよりも持続性や筋力は勝っている。

 ただ、20時間も継続してと考えれば、体力面以前にモチベーションが激下がりするのだ。

 20時間も継続して働く歳下女性に対して、モチベーションの都合で8時間までしか働かない33歳男性。そんなシチュエーションながらも、メリスの中に劣等感は芽生えなかった。


「作戦を遂行に導く為なら、私は昼型にも夜型にも不眠にもなれるもの」

「僕は無理だねぇ。流石は! 21世紀の怪人二十面相殿! 頭が上がりませんなぁ」


 語尾の母音を伸ばす、癖のある話し方のメリス。ある程度メリスと会話をして距離を詰め、且つ十分に慣れておかなければ、短い間でも苛立ってくる。

 とは言え彩雅はその話し方に苛つくことはなく、隔ての無い距離感で言葉を紡ぐ。


「関係ないよ。専門分野なんて人それぞれ。私にはできないことがメリスにはできるんでしょ。なら顔を上げて胸を張りなさいな」

「……本当に、頭が上がらないねぇ」


 揶揄する気持ちもあったのだが、彩雅の想像以上な器の広さに押し負け、割と簡単にメリスは反省した。

 そして、メリスはそれ以上の馬鹿げた発言をしないと踏み、再びライラが進行を開始した。


「さて情報を収集した後は、加担者の駆除とデータの消去を行う訳だけど、駆除の時にメリスの力を借りることになる。もしデータ消去ができない場合は、メリスにシステムそのものを物理的に破壊してもらう」

「おっほ♡ 破壊に関してはぁぁあ……この僕におまかせあれぇ♪」


 頼られた途端に上機嫌になったメリスを見て、ライラは少し呆れたように鼻から息を吐いた。


「さて、じゃあ作戦について詳しい概要を。社長、お願いします」


 ここで進行役がライラからタッセロムへ移り、タッセロムはテーブルの上に置いていた腕を車椅子の肘置きへ置き直した。

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