第29話 仇

 2222年2月2日、土曜日。


「ごめんなさい、ずっと黙ってて……」


 顔を伏せたシオンが、首を絞められたような声で言った。その謝罪はに居る全員へ向けられたものであり、事務的ではない心の底からの発言だった。

 その場には、シオン、ジェイン、彩雅、グラ、ライラ、クロトが集合し、男はジェイン1人というハーレム状態。

 ジェインは床に膝をつき、その隣でノートPCを持ったライラがしゃがむ。2人の眼前には2台のサイレントゲイル。2人は今現在、彩雅とクロトのサイレントゲイルの調整、整備を行っている。

 他の面々はパイプ椅子に座り、シオンの言葉に耳を傾ける。

 ここは、サンムーンの敷地内ではない。敷地からは離れた場所にある、ジェインの知人が所有するガレージである。

 このガレージはタッセロムも把握していない場所である。タッセロムの歪んだ思想を前にしたジェインの判断により、この場所でメンバーの一部を集合させた。

 少なくともこの面々の中では、シオンがアルカナのメンバーであることを知っていたのはジェインだけで、他の面々はジェインの紹介により知った。

 因みに、グラはシオンの所属するバンドの曲を普段から聴いている1人のファンであるため、ジェインの招集時にはかなり驚いた。


「それ、いつ頃の話?」


 ジェインの隣でタイピングをしているライラが、視線を画面に固定したままシオンに尋ねた。


「先月の26日です」

「26日……グラがチップを託された日!」


 先月26日。グラがサンムーンを訪れた初日の夜。シオンへ、タッセロムから命令が入った。

 The19であるシオンの仕事は陽動。今回受けた命令もいつも通り陽動だったのだが、きつもの陽動とは少し毛色が違っていた。

 不特定多数の人間を1箇所に集め、可能な限りその目を奪う。決行は18時以降。ゲリラ開催ではなく、事前告知を実行して極力多くの人間を集めろ、とのこと。

 普段であればゲリラライブが基本であり、決行時間は〇月〇日〇〇時〇〇分という細かな指定がある。しかし今回は事前告知のライブであり、18時という曖昧な時間指定。加えて、未だ実行日は決定していない。

 命令を受けた当初から僅かばかり違和感を抱いていた。そして今回、タッセロムの実質的世界征服という案件をジェインの口から聞き、件の曖昧な命令が脳裏に浮かんだ。


「人を集めてどうする気だ? Beautiful Dayを使えば集約することなく全人類の位置情報が特定できるだろうに」


 サイレントゲイルの改造を続けながら、シオンの陽動が意味するタッセロムのメリットについて考えた。


「それについては、もう調べたよ」

「「「っ!!」」」


 ガレージの出入口から顔を出しながら発言したのは、招集をかけていないはずのアズエルだった。


「安心してください。私が呼びました」

「クロトが?」

「はい。去年の頭から、アズエルさんには社長の調査をしてもらってたんです」


 彩雅も、ジェインも、ライラも、さらにはネーデロスもメリスも、The17の存在を知らなかった。しかしアズエルだけはクロトのことを知っていた。

 尤も接触を図ったのはクロト側で、クロトが話しかけなければアズエルも他の面々同様にクロトを知らずに居た。


「クロトちゃんってば、勧誘された時から社長のことを怪しんでたんだって。斯く言う私も、社長にはずっと胡散臭さを感じてたんだけどね」


 The15のアズエルは、擬似的な催眠術さえも技術として利用する。さらに悪質なことに、催眠術をかけられた側は、催眠状態での記憶が一切残らない。

 つまり、アズエルが対象者Aに対して催眠術を使用し、何かしらを尋ねた場合、対象者Aはアズエルに対して偽りを帯ずに完全に回答する。催眠が解ければ、話した内容や聞かれた内容を覚えていない。そもそもアズエルがそこに居たことさえ忘れている。

 そんなアズエルだからこそ、クロトはタッセロムの調査を依頼した。

 そしてアズエルは、その依頼を達成済。タッセロムの本性を誰よりも先に知った。勿論タッセロムは、アズエルの行動には気付いていない。気付かずに、尋ねられた質問全てにベラベラと答えてしまった。


「全く気付かなかった……流石は警察も騙す一流詐欺師ね」


 ライラの発言に、アズエルは満足気ではありながらも、少しだけ不服そうに頬を膨らませた。


「"超"一流だよ、私は。あと言っておくけど、私が騙したのは警察であっても警視総監だから!」


 アズエルはアルカナに勧誘される前から、詐欺師として活動していた。自分の敵と判断した相手からは、情報や金銭を盗み、自分の利益とする。知人や他の周辺人物の敵と判断した相手からは、盗むべきものを盗み、その知人達へと与える。

 武力行使に走らず、話術と催眠術のみを使って奪う。故にアズエルは悪魔の大アルカナを与えられた。

 そんなアズエルは、過去に1度、警視総監を相手にしたことがある。それは自らの利益を得るためであり、同時に、自分の実力の再確認が目的であった。

 結果は、圧勝。

 警視総監から絞れるだけ絞り、煙のように姿を消した。さらにはクロトと共謀し、警視総監の汚職履歴をメディアで公開。警視総監は辞職に追い込まれた。

 因みにその案件はニュースにもなり、アルカナのメンバーにもメディア経由で知られた。


「あの事件、お前が原因か」

「てへ☆」


 警視総監の不祥事を当時ニュース番組で確認したジェイン。不祥事発覚の原因がアズエルであると知った今、何故か、側頭部に痛みが走った。


「……まあそれはそれとして、調べた結果について教えてくれないか?」

「ああ、はいはい。人を多く集める理由だけど、まあー……簡単に言えば、誇示だね」

「誇示?」

「カメラの回るライブステージと観客席。映像をリアルタイムで世界に流せば、ライブの様子は全世界の人達が視聴することになる。その状態で、Beautiful Dayを用いて大規模ハッキングを使用。ライブに来た不特定多数の人間を同時に殺せば、配信でライブを見てる全世界の人達が恐怖する。そんで社長が"目に見えない兵器を使用したが故に死んだ"とでも言えば、地球上が震撼する……勿論核兵器なんてBeautiful Dayでハッキングしちゃてば何処へでも落とせるし、敵国の武力行使も私達には届かない」

「……つまり、私のライブに来てくれた人達全員を、見せしめとして殺すってこと?」

「そうなるね。だからこそ、The19はボーカルちゃんに託された。社長曰く、本当はもっと有名な人……クローネ・ミナトちゃんを勧誘したかったらしいよ」


 クローネの名前が出た途端に、シオンは不機嫌そうに眉を顰め、顔を引き攣らせた。

 シオンにとってクローネは、同期であり、友人であり、敵である。そんなシオンが、クローネの滑り止めとして勧誘されたと考えると、それは極めて屈辱的な話である。


「ムカつく……嗚呼ムカつく! ジェイン! 私あのオッサン殺す!」

「社長を? 殺せるのか?」

「殺したい! 私のファンを殺すだなんて許せないし、クローネの代用品として扱われてたこともムカつく!」

「そうか。なら好きにするといい。だがこれだけは言っておく。俺は手を貸さない」


 誰もが、ジェインは味方であると。理解者であると考えていた。

 故に、手を貸さないというジェインの発言に、誰もが驚いた。


「社長にも、アルカナにも恩がある。社長の思考は気に入らないが、恩を仇で返すような真似はしたくない」


 恩を仇で返す。その言葉は、その場に居る面々の心にも深く食い込んだ。

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