第31話 幕間、道化と正義
「俺はもう、社長の下で働くことを辞める」
子供はおろか、鳩の一羽さえいない寂れた公園のベンチに座り、メリスは沈んだ声で言った。その顔には、いつもの道化じみた笑みは無く、その声にも、いつもの道化じみた甲高さは無い。
開いた膝に腕を乗せ、前傾姿勢で座るメリス。その隣には、腕と脚を組んで座るネーデロスが居る。
「辞めて、それからどうする?」
ネーデロスが問う。その表情はいつになく暗めで、声のトーンも、他のメンバーを前にした時よりも低い。
「また、誰かを楽しませたい」
「……それに飽きたからアルカナに入ったはずだろう」
「そう思ってた。だが飽きは俺の言い訳だったらしい。アルカナに入っても、俺は道化を演じる事でしか自分を保てなかった」
メリスはアルカナに入る前、道化のマジシャンとして活動していた。
テレビのオファーや営業、時にはサーカスの一員として活動していた為、普通に生きていける位の収入はあった。
しかし誰かを楽しませる度に、もっと新しい楽しみを模索する苦しみに頭を悩ませ、結果、メリスは活動を休止。そのタイミングでタッセロムからのオファーがあり、アルカナのメンバーとなった。
オファー内容は、その道化の技術とマジシャンとしての技術。加えて、工業高校を卒業するまでの過程で得た少々危険な工業技術。そして、その技術を利用した爆発物の製造と量産。
メリスの作る爆弾は質が良く、破壊を伴う任務の際には重宝された。タッセロムも他のメンバーも、メリスの腕を信頼している。
「爆弾を作ってる時は自分の世界に浸れたけど、それ以外は……どうにも無理だった」
ただメリスは、昔から人見知りのコミュ障であった。そんな自分を嫌悪したメリスは、道化を演じることで、「面白可笑しい奴」としての立場を確立。1つのコミュニティの中で生きていく術を身につけた。
故にアルカナに入ってからも、他のメンバーと話す際は、道化に徹した。
甲高い声。語尾を伸ばす腹立たしい口調。僕という一人称。感情豊かだが常にハイテンション。
変人だ。そう思われる位の方が、メリスにとっては都合がいい。
しかし人間には限界がある。常に道化に徹すれば心身共に疲れるし、時には、自分自身の外側と内側のギャップに心が病んだこともある。
正直、もう疲れていた。極力他のメンバーと対面する機会は避けたいと思っていた。
矢先、アルカナの内部が揺らぐような案件が発生した。
タッセロムによるBeautiful Dayの利用である。本当にタッセロムが世界征服を実行すると考えているならば、それはメリスにとって受け入れ難い話である。
何故ならメリスは、殺伐とした世界を笑顔にしたいが為に、道化を演じて人々の前に立っていたからだ。
「1つの組織の中で道化を演じても、誰も笑顔にできないんじゃ意味が無い。だったら俺は、また人を楽しませる道化に戻る。常に新しいものを渇望する日々に背を向けて、古くとも誰かを笑顔にさせられるような、そんな道化になりたい」
もう、笑顔の為に頭を悩ませたりはしない。
もう、人を笑わせる事に飽きたという嘘はつかない。
もう、人から笑顔を奪う爆弾には触れたりしない。作りもしない。
そう決めた。
「もし仮に、社長が本当に世界征服を実行すれば、メリスも自由を奪われるぞ?」
「そんな心配はしていない。世界征服なんて実現しない。いや、させないはずだろう、ネーデロス」
「…………当たり前だ。社長の描いた正義の形は、俺の求めた正義の形とは違う」
ノーマルドに警察官役として潜入したネーデロスは、実は、元々本物の警察官だった。
正義という色も形も無い概念を抱き、それを実行できる立場として警察官になったのだ。
しかし警察官になって一番最初に体験したのは、警察内部の穢れだった。
誘導尋問と変わらない事情聴取。人権という言葉が虚像のように思える
警察官は国民の味方。困っている人のヒーロー。そんな理想に目が眩んでいたことを理解したネーデロスは、退職。正義の象徴だと思っていた警察署に唾を吐き捨て、背を向けた。
放浪していた所を拾われ、アルカナに入った後は、自らの正義を実行すべく、警察官時代にはできなかった限りなく違法に近い正義の執行を実現させてきた。
ただ、世界征服というタッセロムの歪んだ正義は、ネーデロスの正義とは噛み合わない。
「俺はThe11として、正義の大アルカナを与えられた者として社長を裁く。そして俺達の
「そう言うと思った」
道化を演じずとも会話ができる数少ない親友の言葉を聞き、メリスは曲げた背を真っ直ぐ伸ばし、空を見つめた。
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