第35話 乱獲者がかたるモラル

 アンドレーが、ひとりで街の外にでた。


 そして、かつて、アクスバードの乱獲現場を目撃した例の森へ入った。


 早朝の森は静かだった。


 だが、その清らかな静寂を破るような魔獣の悲鳴が聞こえた。


 ギャーーーー!


 アクスバードの悲鳴だ。


 今日も森では、狩人とウィザードの2人連れがいて、せっせとアクスバードの捕獲を行っている。


 2人の腰にはハローエネミーの鈴がぶら下がって、リンリンと音を出していた。


 鶏のような形の魔獣がいる。


 それに向かってウィザードがスキルを発動させる。


「タイムストップ!」


 ウィザードがかざした手から、黄色く光る何かがバッと飛び出して広がった。


 投網みたいな形のものだった。


 それがアクスバードに絡みついた、かと思うとその魔獣はピタリと動かなくなった。

 

 タイムストップは、時空の網で相手を絡めとって身動きを封じる時空魔法の一種だ。


 相方の狩人が、止まった魔獣に狙いを定め弓を引いた。


「ショックショット!」


 物理スキルの光学現象が発生し、矢と矢を引く狩人の手が、薄暗い森の中で美しく光った。


 ヒュン!


 弓が放たれた。


 弓の切っ先が、アクスバードの丸いお腹に突き刺さろうとした。


 が、「ポイントフロスト!」と声が聞こえて、矢が粉々に砕けた。


「なんだッ!?」


 狩人が言った。


(今のは氷属性の魔法スキル! どんな物体も瞬間に凍らせて砕く難しい魔法!) 


「誰だ!」


 ウィザードが怒鳴った。


 すると、森の影からアンドレーが姿を現した。


 ポイントフロストで狩人の矢を砕いたのは彼だ。


 アンドレーは魔獣に手をかざして、


「ムーブ」と唱えた。タイムストップを解除する時空魔法だ。


 金縛りの術を解かれたアクスバードは、ギャアギャアと泣きながら、森の中を低空飛行しながら逃げていった。


 狩りの邪魔をされた2人は、恨めしそうな目でアンドレーを睨んだ。


「誰だよ、オメェ?」


 冒険者の恰好をしているが、ごろつきのような口調だ。


「おぬしらにアクスバードの乱獲をやめていただきたい」


「あん? お前が誰かって聞いてんだよ」 


「このさい我の名はどうでもよい。


 乱獲をやめていただきたい。


 言いたいことはそれだけじゃ」


 狩人が弓を構えた。


「名を名乗りもしねぇような不審者のいうことなんか聞くかよ」


 アンドレーは、矢を向けられても、怯えたりしなかった。


「我は涅槃を得た聖者なり。


 暴力は好まぬ」


 狩人は血の気の多そうな奴だった。


 戦いが好きそうな人相だった。


「俺は暴力は大好きだ」


 彼はそういうと、矢をグッと引き込み叫んだ。


「ショックショット」


 相手を麻痺させて、ボコボコにしてやろうとでも考えているのかもしれない。


 ビュン!


 矢が飛んだ。


 その刹那、


魔法之杖ウィザード・ロッド!」


 アンドレーも叫んだ。


 剣術士のスキル・魔法之杖ウィザード・ロッド


 剣を魔法の杖にして、どんな弾でも打ち返す妙技。


 アンドレーの剣が弧を描いて閃いた。


 カンッ!


 矢の先と剣がぶつかりあう音がしたかと思うと、


「アッ!」

 

 そばにいたウィザードが声を出してバタリと倒れた。


 地面に寝転がって、ビリビリと震えている。


 狩人のショックショットを、アンドレーが魔法之杖ウィザード・ロッドで打ち返し、ウィザードに命中させたのだ。


 狩人が叫ぶ。


「お前、クラスはなんだ?


 さっき時空魔法をつかったよな?


 今のは剣術士のスキルだよな?


 なんでひとりで複数のクラスのスキルを使ってんだ?


 そんなのモラル違反だろ!


 お前にはモラルというものがないのか!」


「毒をもって毒を制する。


 モラルなき者はモラルなき剣を受ける。


 世の習いじゃ」 


 アンドレーはそう言って、怖い顔をしながら狩人に近づいていった。

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