第31話 大都市の地下湖に眠る大魔獣

 アンドレーが次に使った魔法はシールド・ローション。


 ローション状のシールドを肌にまとい、防御力を高める補助魔法スキル。


 二人の頭上にスライムのお化けみたいなものが出現すると、水風船みたいに割れた。


 二人は、頭からローションを被った。


「エディタ! 全身に塗りこむのじゃ」


「はい! わかりました!」


 エディタは、尊い賢者を信じて、一生懸命に、肌の隅々にシールド・ローションを塗りたくった。


 彼女の肌はトロトロで、テカテカだ。


 目を射るほどに輝いている。


 13歳のエディタが天使に見えた。


 シールド・ローションの効果はテキメンだった。


 ねずみの魔獣は、どんなにがんばっても、彼女たちの肌に引っ付くことはできなかった。


 塗るシールドにはじかれて、ポロポロと落ちていくばかりだ。


「このシールド、なんかちょっと暖かくて気持ちイイですね」


 エディタが、ちょっとはにかんだ。


「肌は女の命!」


 アンドレーが、親指を立てて、ニカッと笑った。


 その後、何度もチューチューレーサーの大軍に出くわしたが、高性能なシールドスキルのおかげでほとんどスルーできた。


 このときになって、2人はあることに気づいた。


 ヌルヌルした床。


 吹いてくる強い風。


 しつこく襲ってくる魔獣。


 三つの要素が重なったこの通路はほぼ通行不能だ。


 よほどの事前準備がなければ、風に押されてさっきの四角い空間に押し戻される。


 つまり、一旦この通路に迷えば、一生出られない空間に閉じ込められたも同然なのだ。

 

 あそこに転がっていた死骸どもは、抜け出せない通路で、不毛な戦闘を繰り返したあげくに、力尽きて死んだのだろう。


 戦っても無駄と知りながら、戦うしかない地獄の果てに、白骨になったのだ。


 だが、アンドレーは、不名誉スキルのならず者。


 いかなる違反も怖くない。

 

 反則技を駆使して、死の通路を出口に向かってすすんだ。

 

 二人は、剣と鞘をつかって、一生懸命空気のボートを漕いだ。


 進めば進むだけ、定期的に吹き付けてくる風が力を増した。


 入口付近ではそよ風程度だったものが、木枯らしの風になり、立ってられぬほどの急風になり、やがては、暴風へと成長していった。


 悪臭は相変わらずだ。


 風が来たら、吹き戻されぬようにとなんとか凌ぎ、風が止めばチャンスとばかりに漕ぎ進む……。


 そんなことを地道に続けていると、やっと出口らしいものが先の方に見えてきた。


「もう少しです!」


 ローションまみれのエディタが、喜々として叫んだ。


 アンドレーは、そんな彼女を満足そうに愛でていた。


 二人は息をあわせて協力し、ついに、通路を抜けた。


 抜けた先は、真っ暗闇だった。


 音の反響の感じで、だだっぴろい空間であることがなんとなくわかった。


「フレア・シャワー!」 


 アンドレーが大火力の花火を打ち上げた。


 大玉級の火炎が炸裂すると、赤く照らされた空間が、ドーム球場ぐらいの広さであることがわかった。


 さらに、花火が散らばったとき、その天井の光景が、そっくりそのまま床に映っているのが見えた。


 だから最初は、床が鏡でできてるのかと疑った。


 が、よく見ると違うことがわかった。


 床に映った花火が、微かに揺れている。


 波立っている。


(水が溜まっているのか) 


 アンドレーが思った通りで、床に見えたものは、実は床ではなく、部屋に充満した得体の知れない液体の水面であった。


 その水面に、フレア・シャワーが映っていのだ。


 実際の床は、きっともっと低いところにある。


 つまり、ここは大都市の地下に存在する、ドーム球場ほどの広さの地下湖なのだ。


 そして、彼らは、フェザー・ボートの浮力で、その湖の上に立っているのだ。


 彼らが気づいたことは、それだけではなかった。


 数秒の花火照明のおかげで、ドームの湖の中央に、得体の知れない巨大な何かが浮かんでいたのがハッキリと見えた。


 とにかく大きかった。


 丸っこかった。


 体中が黒い鱗に覆われているようであった。


 もしかしたら、最終兵器クラスの恐ろしい魔獣の姿かも知れない。


 そんな恐ろしい魔獣が大都市の地下に眠っていて、今、目を覚まそうとしているのかもしれない。

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