第28話 奈落へと通じる穴

 武器を失った保安官Fには、もう戦意はなかった。


 対するアンドレーにも殺意はなかった。


 そして、容赦もなかった。


 Dと同じように、渾身の右ストレートが炸裂した。

 

 顎を砕かれた保安官は、床の上で痙攣していた。


 アンドレーとエディタは、拘置所を出て、中庭を走った。


 だが、待ち伏せの狙撃団に狙い撃にされた。


 ひょうが降ってきたかと疑われる騒音が聞こえたはじめた。


 ピシュンッ! パシュンッ! 


 地面が砕かれ、破片が舞い踊る。


 アンドレーは、立ち止まらずに、しかし、向きを変えて、弾雨を凌げる物陰に飛び込んだ。


 エディタも無事だ。彼女の運動神経は悪くなかった。


 と、アンドレーの視界が井戸を捉えた。


 すぐそこに人が降りられそうな井戸がある。


 あそこから地下に潜り込めば、逃げ切れるかもしれない。


 ただ、その井戸は今は使われていないらしく、鉄の蓋で封じられていた。


 止まない弾雨の中で、あの重そうな蓋をこじ開けるのは不可能かと思われた。


 しかし、アンドレーはあきらめなかった。


 彼はポケットから小型高威力の手投げ爆弾を取り出した。


 荒事になるのを想定しての戦略だったから、もしものためにいくつか用意していた。


 スキルが使えないなら、仕込みは必須だ。


 彼は、手投げ弾の安全ピンを抜いた。


 そして、三つほどを井戸に向かって放り投げた。


「耳を塞げ」


 エディタはアンドレーの言われた通りにした。


 ドカンッ! 夜の保安局は、刹那、真昼間のように明るくなった。


 闇の狙撃手の目がくらんだ隙をアンドレーは見逃さない。


 彼は、エディタを抱き抱えて、一目散、爆撃によってポッカリと口を開けた井戸の穴に飛び込んだ。


 それから一分、二分と経って、井戸の周囲に保安官が寄り集まっていた。


 そのうちのひとりが、奈落へ通じる真っ暗な穴を覗き込みながら嘲笑した。


「お気の毒に。ここは地底ダンジョンの入口だ。大都市の地下は魔獣の巣窟だ」


 また別の者が言った。


「高レベル冒険者も恐れをなす地獄のダンジョンだ」


 アンドレーが逃げ込んだ先は、果たして、どんなに恐ろしい場所なのだろうか?

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