第29話 大都市の地下ダンジョン

 彼らは、井戸の穴底に転げ落ちた。


 穴の長さは、けっして短くなかったから、それなりのダメージがあるかと思われた。


 骨の一本が折れても不思議ではなかった。


 だが、二人は意外にも平気だった。


 穴の底には、何かが敷き詰められていたようで、それがクッションの役割を果たして、彼らの身を守ってくれていた。


 真っ暗だから、なにがクッションになったかわからない。


 触ってみると、木の枯れ枝のような手触りであった。


 その時、アンドレーの手のひらが微かに青く光った。


 彼は、特殊スキルが使えるかを確かめたくて、手に念力を込めてみたのだ。


 スキル発動の光が立ったということは、どうやらここは結界の外のようだ。


 スキルが使える。


「フレア・シャワー」 


 アンドレーが、火炎魔法を、低威力で発動させた。


 彼の口から、オタマジャクシみたいな黄色い光球が放たれ、可愛らしい花火が、頭上にパッと咲いた。


 暗黒の井戸底が明々と照らされた。


 すると、


「きゃぁーーー!!」


 エディタが叫びだした。


 妖怪でもみたかのようにアンドレーに飛びついた。


 彼女が悲鳴を上げるのも無理はない。


 地面に敷き詰められていたのは、夥しい数の人骨であった。


 井戸口から落っこちてきた二人を受け止め、怪我を防いでくれたのは、身の毛もよだつ、人間の死骸の堆積物だったのだ。

 どこを踏んでも骨、骨、骨。


 エディタは怖くて、身動きひとつできなくなっていた。


 フレア・シャワーが消えたので、今度は「サンダー・バブル」のスキルで明りをとった。


 手のひらに発生した電気の泡が眩しく光っている。


 白骨にまじって、鎧やら、兜やら、剣、盾、槍、杖が転がっている。


 それらは、武器防具屋で見たのと同じものだった。


(冒険者の骸か)


 アンドレーは、白骨になった冒険者たちの、屍になるまでの経緯を想像した。


(埋蔵金伝説かその類の話にたぶらかされた冒険者がここに迷い込み、命尽きたんじゃろう。そうでなければ、こんな場所にこんなの量の死骸が集まるわけがない)


 その場所は、直方体のちょっとした広場になっていた。


 東西南北の壁に四角い口が空いているのが見えた。


 どうやら、二人が立っている空間から、四つの方向に進むことができるようだ。


「どの方角に進みましょうか」  


 エディターが、涙ながらに言った。


 アンドレーにしがみつく手がブルブル震えている。


 アンドレーは、あまり深く思案することなく、西に向かって動き出した。


 骨の山を踏み歩き、通路の入口まできた。


 すると、二人は急に顔を背けた。


「なんですか、この臭い!」    


 エディタが咳き込んだ。


 鼻を突く異臭が、真っ暗な通路に漂っている。


 形容するなら、生涯で一度も歯を磨いたこのない百年妖怪の口臭とでもいえようか。


 そんな激臭が、そよ風にのって通路の奥からやってくる。


 二人は、道を変えようとして、他の入口に移動したが、一周して結局元の場所に戻ってきてしまった。


 なぜといって、どの入口も大差なかったからだ。


 同じ激臭が、同じ風にのって出迎えてくれる。


 アンドレーにとっては、耐えられなくもない臭いだったみたいだが、エディタにはキツかったようだ。


 彼女は、布を何枚にも重ねて口に巻いた。


 それでも顔をしかめていた。


 アンドレーは、エディタの不安を少しでも和らげてやろうと思い、サンダー・バブルをたくさん発生させて、道の先の先を明るく照らして上げた。


 かくして、アンドレーたちの、大都市地下ダンジョンの冒険が始まった。 


 このとき、まだ二人は気づいていなかった。


 あの直方体の空間に、どうしてあんなにも冒険者の白骨が集中していのかを。彼らが、どんな絶望に苦しめられながら最期のときを迎えたのかを。

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