第一章 アンドレーは大都市の中心でも性欲を叫ぶ

第10話 花のない花売り少女は、何を売ればいいのか

 ミスを犯した天界の女神様は、休憩時間に同僚とお茶をしていた。


「剣と魔法の世界はあいかわらず人気ね。


 今日も午前中だけで200人近く転生させたわ」


 同僚が言うと、女神様が答えた。


「そりゃそうよ。地球という高難度の魔界を生き抜いた勇者よ。


 ご褒美にチート能力を与えて異世界で無双させてあげなくっちゃ」


「そんな人たちのために、私たちががんばって転生の夢を叶えてあげなくっちゃ」


 女神さまが勢いづいて言った。


「そうよそうよ。もしミスでもあって、せっかくの転生ライフが台無しになったら申しわけないもんね」


 同僚が苦笑いした。


(おまえが言うなよ)


 女神さまが、可愛く舌を出して笑った。


(てへぺろ!) 


「てへぺろじゃないわよ、あんた。ミスがあった元僧侶の彼、大丈夫なの?」 


 女神が悪びれながらいう。


「本人は至ってご機嫌よ。ただ、村の男性がちょっと落ち込んでるみたい」


「あたりまえでしょ! 村の女を独り占めされてんだから」


 女神はしょんぼりした。


「彼なんだけど、転生してもうすぐ一ヶ月経つってのに、まだ始まりの村に居座ってんのよ。


 さっさと魔王を倒してクリアしてもらわなきゃ」


「じゃあグズグズしてないでちょっとぐらいハッパかけにいったら?


 おいしいクエストで釣ってやりゃいいじゃない」 


「あ! そっか! そんな手があったねぇ」


 女神はポンと手を叩いた。



 

 女神が始まりの村にテレポートしてきた。


 場所は前回とおなじく、村の真ん中の広場だ。


 広場には自信をなくした村男たちがたむろしていた。


 みな、目が死んでいる。


「どうせ俺なんか」という呪詛のような独り言をひたすら繰り返している。


 アンドレーが引き起こした、ある種の公害だ。


 女神は冷や汗をかいた。


(うわぁー。わたし、マジでやばいことやっちゃってるわ!)


 彼女は、見なかったことにして、その場を離れようとした。


 しかし、男たちは女神に気づいていた。


「おい女神様! どうなってんだ。俺は異世界でハーレムを作りたいってお願いしたじゃないか!」


 男のひとりが叫ぶと、別の男たちが次々に叫んだ。


「そうだよ。


 前世では一回も恋愛できなかったから、今世に期待したのに、なんなんだこれは!」


「アンドレーがやって来てからだ。


 やつに一体なんのスキルを与えたんだ! こんなの不公平だ!」


 女神は、男たちからほのかな殺気を感じた。


(やばい)


 女神は愛想笑いをしてごまかそうとしたが、それが火に油を注ぐ結果になった。


「なに笑ってんだ! 異世界転生してまで地獄をみる気はないぞ! もう一度転生をやり直させろッ!」


 男たちは、手に手にナタやら棍棒をもっていた。


(うそッ! マジ? 殺られる?)


 女神が逃げ出した。


「待ちやがれッ! 俺の異世界ライフを返せ!」


 かくして女神と村男たちの壮絶な鬼ごっこが始まった。


 女神はつくづく、自らの凡ミスを後悔した。


(注意一秒怪我一生!)


 その頃、始まりの村から幾分か離れた場所にある大都市メイルストーで、こんなことが起きていた。


 宿屋街の一角の陰鬱な裏路地に、一台の古びた馬車が停まっていた。


 馬車から幾人もの、あまりいい身なりではない少女たちが降りてきた。


 彼女たちの表情は乏しく、なにもしゃべらずに、すぐ目の前の建物の裏口に消えていった。


 そこは、夜になると賑やかになるお店だった。


 少女たちの中に、紫がかった髪と、赤みがかった目をもつ少女がいた。


 名はエディタ。


(わたしががんばって弟を助けるんだ)  


 少女たちは、地下におり、小さな部屋に押し込められた。


 かび臭い部屋であった。


 ろくな手入れがされていないらしく、壁のところどころが剥がれ落ちていた。


 彼女らは、ひとりひとり順番に、となりの部屋に呼び出され、そこで面談のようなものを受けた。


 エディタの番になったので、彼女はとなりの部屋に移動した。


 粗末なテーブルがあり、あまり人相のよくない老婆が椅子に座っている。


 エディタは、ビクビクしながらも、自らを鼓舞するかのように歯を食いしばり、老婆の向かい側の椅子に座った。


 天井からぶら下がる電球が、老婆の顔に影をつくり、彼女のいやらしい人相をより不気味に演出した。


「簡単な経歴を言いな」


 老婆の声は冷たい。


「エディタ、13歳です。ハンディストー村出身です。


 村で採れた魔香草まこうそうという花(マジックポーションとして使える)を売って生活していました。


 だけど、魔獣の被害をうけて、花が取れなくなって……」


「つまり、花売り娘が、花を売れなくなったので、別のものを売りに来たというわけかい」


 老婆が、いやらしく笑った。


 エディタの髪と肌には、汚れはなく、劣化もなく、これからどんどん美しくなっていく余白がたっぷり残されていた。


 老婆が、嬉しそうに言った。


「安心しな。あんたは高く売れるさ」

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