第22話 エディタはどこだ?

 老婆が、とつぜんエディタを睨みつけた。


「あんたッ! ふざけんじゃないよぉッ!」


 怒鳴りつけたかと思うと、今度は、保安官たちに向かって、切実な顔で訴えはじめた。


「わたしはこの子に騙されたんだよ!


 面談のとき、年齢をたずねたらこの子はわたしに15歳って答えのさ!」


 エディタは息を呑んだ。


 まだ世間知らずだった彼女は、この老婆を信用していた。


 老婆は面談の時、こんな言葉をかけてくれた。


「この仕事は、本当は15歳以上じゃないとやっちゃいけなんだ。


 だけどあんた、よほどの事情があるんだろ。


 構わん構わん、雇ってやろう。


 なあに心配せんでもええ。


 保安局には滅多にバレんから。


 もしバレても逃げ道なんていくらでもある。


 わたしが守ってやるから、安心して働きなさい」


 さっき、老婆に合わせて嘘の年齢証言をしたのも、この言葉があってのことだった。


 老婆に合わせていれば、うまい逃げ道を見出してくれる。


 そう思って保安官に嘘を言った。


 老婆は、やっきになって保安官に身の潔白を主張した。


「本当だよ! そうだ、いま契約書を持ってこさせよう。


 ちゃんと、この子の直筆の契約書があるんだ」


 老婆は従業員に、エディタの雇用契約書をもってくるように命じた。


 従業員が走さっていくと、老婆がふたたびエディタを非難し始めた。


「まったくあんたはなんて女だ。


 こっちは健全に商売をやろうとしてるってのに、歳を偽って潜り込むなんて。


 こんなことされちゃあたまったもんじゃない。


 あんたは魔女だよッ! この悪魔ッ!」

 

 老婆は肩で息をしている。


 目は真っ赤に血走っている。


 エディタは、呆然と立ちすくんでいた。


 目の前の世界のすべてが崩れていくのが見えるようであった。


 従業員が戻ってきた。


 その手には契約書が握られいてる。


 老婆は彼の手から紙をむしり取り、保安官に見せて猛アピールした。


「ほら、見てくださいな!


 ここに15歳って書いてあるだろ?


 筆跡を鑑定してくれても構わないよ。


 それに一番下の項目にも彼女の指印がべったりついているじゃないか!」


 契約書の一番下にはこう書いてある。


「虚偽の記入をした場合、その本人が全責任を取ることに同意する」


 文言の終わりに、エディタの指印がくっきりと確認できた。

 

 エディタは、地下室の面談の光景を思い出していた。


 彼女は、契約書の内容をろくに読んでいなかった。


 ただただ老婆の指示にしたがって筆を動かしただけだ。


 年齢の記入も、13と書こうとしたら、15と書きなさいと言われてそのとおりにした。


 一番下に押した指印も、何に同意する指印なのか、一切わかっていなかった。


 彼女の頭には、弟を助けたい、村の人たちを助けたい、それしかなかったのだ。


 保安官は、いくぶんかの疑いを残しているようではあったが、老婆の主張を受け入れた。


 保安官のひとりが、エディタに罪名をのべて、手錠をかけた。


 エディタは、どこを見ていいのかもわからずに、放心状態のまま、捕縄を引かれて連行された。


 それを眺める老婆が、安堵のため息をついた。


「あぁ、よかったよかった」


 彼女はそうつぶやくと、疲れた感じで奥の事務所に引っ込んだ。


 彼女はあったかいお茶をすすりながら、バクバクする心臓が落ち着くまで椅子で休むことにした。


 数分たったころ。


 さっきの従業員がまたやってきて「マダム!」と老婆を呼んだ。


 彼女は癇癪を起こしたように怒鳴る。


「なんだい今日は、も~う次から次に!」


「それが、変な男がたずねてきて、責任者を呼べといってきかないんです。


 みんな困り果ておりまして」


「わたしは疲れてんだよ!


 あんたたちで追い返しなさい!」


 老婆が叫び終えたと同じタイミングで、誰かが事務所に入ってきた。


 そいつは、背の高い立派な体格の男だった。


 それはそれは見事なチート級のイケメンであった。


 その不審な来訪者が、無愛想な声で老婆にたずねた。


「エディタはどこじゃ」

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