第19話 今は亡き幻想のイルミネーション
一行は無事にハンディストーに到着した。
ここは村というよりも、集落と呼び間違えそうなほどこんじまりしていた。
住居はまずか十軒。
人口は50もない。
子供の数を数えるのに、指が十本もいらなかった。
出迎えてくれた村長は、相当な高齢だった。杖と、介助者がいないと歩けなかなった。
「よくぞ、お越し下さいました」
滑舌の悪く聞き取りにくい声。
アンドレーたちは、村長の自宅に招かれた。
村長の住居といえども、特別立派な家ではなかった。
応接室で会話が始まった。
「魔獣の被害が出始めてすぐにギルドに依頼を出したのですが、こんな貧しい片田舎なもんですから、大した報酬も提示できず、おまけに駆除対象の魔獣は大した経験値にもなりませんから、なかなかお引き受け下さる冒険者が現れず、困っていたんです。
そなたがたには、こころから感謝しております。それにしても、雀の涙ほどの報酬しかありませんが、本当にこのクエストを受けて下さるんでしょうか?」
「ご安心を。報酬は要りません」
村長は目を丸くした。
「……いま、なんと?」
「我は『不財』スキルを有する賢者。ゆえに報酬は不用」
「えっ!? では、そなたは一体何の得があってここへ参られたんじゃ」
アンドレーは、3人の娘を一度に抱き寄せて言った。
「我は涅槃を得た身なり。
ゆえに、得のためではなく徳のために生きるのが道理」
彼は、エミーリアの顎をクイッと持ち上げて口づけた。
「Ah……涅槃の味がしますわ」
彼女が、とろけそうな眼差しでいった。
残りの二人の女も、キスを乞うような目をしていた。
村長は、宇宙人を見ているかのような感じで、その光景を見ていた。
(まぁ……とにかく……クエストを受けて下さるのなら、他はなんでもエエですわ)
アンドレーたちは、さっそく被害現場を視察した。
花畑は悲惨であった。
花が軒並み食い尽くされていた。
見る者の心を締め付けるなんともいえない残酷さがあった。
雄しべの花粉が青白く発光し、赤みのある雌しべに受粉すると、色が混ざってムーディーな紫に光る。
魔香草は夜になると、なんともいえない神秘的なイルミネーションの光景を生み出すのだ。
魔香草畑は、この世界の男女のデートスポットでもあった。
しかし、目の前の花畑には、恋を育む力はなどなかった。
お花が好きなジアーナは涙ぐんでいた。
村長が言った。
「ミドルワームの仕業です」
ミドルワームは、芋虫型の魔獣だ。
特殊スキルは「吸引」。
成虫すると蝶型の魔獣に変身する。
土の中で卵から孵り、草花を食い荒らす。相手から魔力を奪って生きる魔獣で、魔香草が大好物だ。
草花に多少の知識があるジアーナが村長にたずねた。
「確かにミドルワームは魔香草を枯らせますが、とても弱い魔獣なので、殺獣剤などで対策すればこれだけの面積が全滅するなんてないはずですが?」
彼女はそこまで言うと、何かに気づいたらしく、
「あの、もしかして、ミドルワームの異常発生が原因なのでは?」
「ええ……、そうなんです」村長。
「どういうことだ?」アンドレー。
「アンドレーさま、ここへ来る途中の森で見た光景を思い出して下さい。
私たちは、狩人とウィザードのコンビがアクスバードを捕獲しているのを5回も見ましたよね。
彼らは、ハローエネミーを使ってまで必死に捕獲していました。
私は、あの光景と、魔香草の全滅に、関係があると思うのです」
ジアーナの話を聞いていた村長が、とつぜん咽び泣き始めた。
「そうなんです。そうなんですよ。
すべての原因は、奴らに……、いや、メイルストーで流行っている闘鶏場の野蛮な賭博にあるんです!」
老人は拳を握っていた。その拳は震えていた。
尋常ではない悔しさがこもっているのを、アンドレーたちは感じ取っていた。
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