第20話やるべきことは生存者の探索

「界人君……」

「あぁ、東山さんが生き残ってたってことは、他にも生き残りがいる可能性が出てきたな。多分、結構な数が生きてる」




 界人は素早く状況を整理した。




「事故発生当時、東山さんは堂島から逃れるために船室に閉じこもっていたんだそうだ。そして気がついたらこの島にいたと言ってた。救命胴衣も着けず、部屋からも出なかったのに、それなのにこの島に漂着した。なら、もしかしてフェリーは沈んでないのかも……」

「それもだけど、さ」

「うん?」

「私、堂島の事、許せないよ」




 榛原アリスはその美しい碧眼に色濃い怒りを湛えていた。




「クズだってことはとっくに知ってたけど、アイツ、本当に人の道を踏み外したヤツだったんだな、って。アイツら、東山さんに寄って集って酷いことをするつもりだったんだよ、きっと」

「ああ、そりゃ間違いないな。桐島さんの言ったこともおそらく正しい。あのまま言いなりになっていたら、東山さんは取り返しの付かないことをされていたと思う」

「クラスメイトのことを悪く言いたくはないけど、もうこれは放っておけないよ。もしアイツが生きてたら首以外を砂浜に埋めて私たちだけで帰ってやろうよ」

「まぁ、それを実行する可能性は今は考えなくていい。――それより、重要なものが手に入った。ナイフだ」




 界人は手の中で大振りのサバイバルナイフをくるくると振り回した。


 刃物には多少覚えのある界人から見ても、このナイフは十分に信頼できる代物であるのが、ひと目でわかった。




「逸品だぞ、コイツは。刃渡りが七寸、二十一センチはある。しかも海水でも錆びにくい塗装つき。頑丈な特殊鋼を使ってるらしいし、柄やヒルトも実用的だ。重量も刃の厚みも十分で、ナイフとしてもナタとしても、武器としても使える、完全プロユースの刃物だ。これだけの刃物があれば出来ることは一気に広がる」




 ほう、と界人はため息をつき、サバイバルナイフを鞘に納めた。




「言葉、火、ナイフ……これで俺たちはようやくこの島で人間になれたな。東山さんには事後承諾で悪いけれど、これを使って早速食料を調達しようと思う」

「うん、今日から三人分の食べ物が必要だもんね。じゃあ私も一緒に……」

「いや、今回だけは榛原さんはここに残ってくれ。東山さんを一人にしたくない」




 界人は静かに言い聞かせた。




「え、私、残るの?」

「今の東山さんには体力以上に、心を、精神を癒やしてもらいたいんだ。起きたときに一人だと東山さんはまた怯えて疲れてしまうと思う。それに、今回は色々と俺一人で確かめたいことがあるんだ」

「確かめたいこと?」

「この島に鳥以外の獣がいるかどうか、だ」




 界人はかねてより想定していたその可能性を初めて口にした。




「普通、沖縄諸島のような孤島には大型の生物は生息できない。孤島は餌が少ないから獣が生息しにくいんだ。わかりやすい例がリュウキュウイノシシ、そしてイリオモテヤマネコなんかで、孤島の獣は宿命的に小型化する傾向がある。それでも――慶良間諸島にいるケラマジカのように、哺乳類が完全にいないということはない」




 界人は流れるように説明した。




「それにここが今は無人島でも、かつて入植してきた人間が残していったヤギなんかが野生化して繁殖している可能性もなくはない。捕り方は後で考えるけど……とにかく、魚以外の新鮮な肉が手に入れば、余分な肉は燻製にすることで、少なくとも二週間は保存できる。あと数人は俺たちで養えるはずだ。東山さん以外の生存者がいたときには飢えてほしくない。準備、少なくとも獣がいるかいないかぐらいは確認しておきたいんだよ。わかるか?」




 そう問うと、榛原アリスがぽかんとした表情で界人の顔を見つめた後――ぎゅっ、と眉間に皺を寄せた。




「界人君」

「あぁ」

「界人君――だよね?」

「え――?」

「本当に、本当だよね? 私のこと食べちゃおうとしてた朝の界人君と今の界人君、別人みたいだったから……」




 しかし――榛原アリスのその表情は感心している表情ではなかった。

 どちらかと言えば、目の前の界人を恐れているかのような表情だった。




「界人君ってさ、サバイバルのことになると、なんか怖いぐらい真剣になるんだよね。一切の迷いがない顔つきになって、ズバズバと状況を整理して、私にはわからないことを断定してさ――」

「え――」

「こういう状況下で頼もしいのはそうだけど、反面、なんというか、人間味が薄くなる、っていうか……」




 人間味が薄くなる。その一言に声も出せずに驚いてしまうと、榛原アリスが何かを心配した顔になった。




「界人君、私は三食タコ焼きでもいいんだから、あんまり無理しちゃダメだよ?」

「う、うん……」

「それと、あんまり山暮らしモードに戻んないでね? 今は普通の高校生なんだから」

「う、うん、そうだな。ごめんな、なんか怖がらせたっぽくて……」

「いや、それはいいんだけどさ……」




 榛原アリスがふと視線を下に落とし、何かを考える顔つきになった。


 その後、何かを思いついたらしい榛原アリスが立ち上がり、界人に近づいてきた。




「榛原さん――」

「黙って」




 榛原アリスの鋭い声に、界人は口を閉じた。


 ハァ、と何かの覚悟を固めるかのように息を深く吸った榛原アリスが――界人の目を真正面から見た。




 次の瞬間、榛原アリスの両腕が界人の首筋に周り――。




 界人は、思い切り抱きしめられていた。



◆◆◆




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