第23話やるべきことは獲物の追跡
「う、うう……まだ痒い……。これって本当にかぶれなんじゃないのか……!?」
ブツクサと文句を言いながら、界人はサバイバルナイフをお供に森の中を進んでいた。
さっき榛原アリスの笑顔を見たときに全身に広がった強い痒み――このモゾモゾ感がどうにも抜けてくれない。
ようやくあの山奥の一軒家と同等レベルの山の中に帰ってこれたのに、その高揚はモゾモゾ感に邪魔され、どうにも集中できなかった。
このモゾモゾ感の正体を考えろ――榛原アリスはそのように言いつけた。
帰ったときにこのモゾモゾ感がわかりませんでした、と言ったら、榛原アリスはどうするだろう。また怒るだろうか、それとも泣くだろうか。
何れにせよ、わからないならわからないなりに己の言葉にしないことにはどうしようもあるまい。
うーむ、と唸りながら、界人は哲学的な気分で森を進んだ。
爺ちゃんは常々、人の気持ちを考えろ、と言っていた。
その癖、あんな山奥で界人を学校にも通わせずに死んでしまったのである。
祖父のことは尊敬しているけれど、今となってはよくぞあんなことが言えたものだと、恨み節のひとつも言いたい気分である。
「人の気持ち、かぁ――」
榛原アリスの、あの巨大に膨らんだ胸の中にある思い。
いちいち泣き出したり、笑い出したり、怒り出したりさせるもの。
教室ではいつもニコニコしているイメージしかなかったが、今の榛原アリスは実に多彩な表情を見せている。
そして、極めつけはさっきのハグ――界人にはその行動の真意が全くわからなかったのに、なぜだか榛原アリスは嬉しそうだったのだ。
「榛原さん、なんで嬉しそうだったんだろう――」
ぐるぐるとそんなことを考えている最中、ガサッ、と何かが足元に触れ、ん? と界人は下を見た。
界人の右足が古い朽木を蹴飛ばしていた。ああ、なんだ、ただの木か……と思った瞬間、界人は重要なものを視界に入れた。
「これ……動物のフンだな」
コロコロと幾つか小さく丸まっている、若草色のフン――間違いない、草食動物のフン、しかもかなりの数がある。
流石にフンだけではなんの動物であるか判別はつかないものの、このような島嶼部にいる草食動物の数は多くない。ウサギ、シカ、もしくはヤギのどれかだろう。
界人は丹念に周囲を捜索した。もし蹄を持つ動物であるなら、必ず足跡がある。しばらく注意深く周囲を捜索したが、どこにも蹄の跡はない。近くに泥濘みがあったが、その中にも足跡はなかった。
「しめたぞ、ウサギだ――!」
シカやヤギならともかく、ウサギであるなら、姿さえ見ることができればほとんど道具も用いず捕獲することが出来る。事実、界人にはその自信があったし、その知識もあった。
となれば、やるべきことは決まった。
界人は近くの立ち木に取り付き、サバイバルナイフを使い、五十センチほどの長さの枝を調達した。
次に小枝を払って完全な一本の棒にしてから、棒の表面にナイフの刃を薄く入れ、幾つものささくれを刻み込む。
二、三度、大きく振り回してみて、風切り音を確認した。うむ、刻み込んだささくれが風切り音を倍増させ、実にいい感じである。
「よし、出来た――!」
そう、このささくれを刻んだだけの棒で、ウサギを捕る。
何の攻撃的武器をも用いない、最も原始的な猟法である。
「よし、近くに巣があるな。探すぞ」
界人はしばらく黙々と林の中を歩いた。
三十分も歩かないうちに、徐々に足元が傾斜を増してゆき、更に奥へと分け入ると――不意に、森が切れた。
界人は辺りを見回した。地盤が岩場であるためにそこだけ太い木が生えなかったらしい、小高い丘になった草原である。
辺りはさらさらと風にそよぐ丈の低い草が生い茂っており、日当たりも良好で、如何にも野ウサギがいそうな場所である。
界人はしゃがみ込んで周囲の草を検めた。幾分も探さないうちに、スパッと刃で切られたような草が幾つも見つかった。間違いない、野ウサギの食痕である。
「確実にいるな。どこだ――?」
界人は姿勢を低くし、すう、と息を吸った。
一呼吸、一呼吸ごとに、山の気を吸い込み、人間としての気配を消してゆく。
この野原に、この山に、この島そのものに、自分を同調させ、その一部に「化ける」。
祖父から教わった「木化け石化け」――老練な猟師なら誰でも会得しているという、山の秘法である。
三分と経たないうちに、界人の人間としての意識が消失した。
この野原に転がる石のひとつとなった辺りで――ぴょこん、と、黒いものが地面の上に飛び出した。
◆◆◆
ここまでお読みいただきありがとうございます……!!
こんな変な話なのに、まだジャンル別週間ランキングに残っております!
果たしてこの話はウケてるのかウケてないのか、
カクヨム初心者なのでサッパリとわかりません!
もう少し書いて様子を見たいと思います!!
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何卒、何卒、今後の連載のためにもご評価をお願い致します!!
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