第22話ときめくものは彼のこと

 ねぇ、どうしてそんなに寂しそうなの――?




 榛原アリスが「彼」の存在に気づいたのは、二年に進級してすぐ、クラス替えの直後のことであった。




「八代界人です。――みなさん、よろしくお願いします」




 クラス替え直後の自己紹介の時、彼はそのように挨拶した。己の名前を言った後、彼は少しだけ何かを言い淀んでいた。


 だがその後、結局何も言わずに苦しそうな表情になり、「よろしくお願いします」と続けたその時の彼の顔には――莫大な孤独が滲んでいた。




 榛原アリスにはわかった。

 彼は、彼の中には、他人に紹介すべき己が存在しないのだということが。




 そう、いわば「欠落」――人間として必要な何かを学ぶことが出来なかった人間の表情。

 他人と致命的に異なっている己を恥じ、生きづらさに疲れ切ったその表情に、榛原アリスの目は釘付けになっていた。




 「足りない」人間や「不足している」人間ならば、いくらでもクラスにいる。


 いや、このクラスにだけではない。

 

 人間社会に欠けたるところのない、完全に円満な人間などいくらもいない。


 みんな、その欠けた部分を補うか、取り繕って生きているだけだ。

 



 その欠落が取り繕えないほど大きいのなら、最初から自分を偽るしかない。


 欠けたるところのない人間を空想し、そのもう一人の己になり切る――。


 己は愛された人間であり、多くの人間から愛されているのだと、そう主張する。


 事実、榛原アリスは今までそうやって生きてきた。




 だが――彼はそうではなかった。


 取り繕うことも、偽ることも出来ず、彼はただただ突き刺さる奇異の視線と嘲りの笑いに、いちいち傷つきながら生きていた。


 自分以外に「欠落」した人間を見たのは――この学園に入ってからは初めてのことだったかもしれない。




 私立凰凛学園――それは全国有数の歴史を誇る名門校として知られ、政財界の重鎮、高級官僚、高名な学者、著名な芸能人その他を多数輩出する一大学園機構である。


 基本的に一般人とは財政基盤が異なる家庭の生徒が多いその名門校に、児童養護施設の出身であるという彼が入学したことは、一年生の頃はしばらく有名な話であった。




 確かに、凰凛学園はその伝統や歴史以上に、名門学園としての体面を重視する校風である。


 そのため、入試の際には、本人の学力以上に、親の威光や本人のネームバリュー、財力が重要なポイントとなるのは、凰凛学園入学を目指す受験生の間では公然の秘密ではあった。


 事実、榛原アリス自身も、現役人気グラビアアイドルとしての肩書と名声がなかったら、凰凛学園への入学など不可能だったはずだ。




 そんな実力以上に問われることの多い難関な入試試験を、純粋に学力だけで突破した謎の新入生――。

 その彼が、まさか自分と同じ、何かが欠落した人間だったとは。




「八代君ってさ、なんかいつも寂しそうだよね」――。




 修学旅行先である沖縄に向かうフェリーの上、やはりいつもと同じように一人ぼっちでいて、寂しそうに空と海の狭間を見つめていた彼に話しかけてしまったのは、その時の彼の横顔に、クラス初日に見せた時の、あの孤独が浮かんでいたからだった。




 彼も、自分と同じ――「家族」という欠片が不足した人間なのだ。

 だが、その確信を胸に抱いて会話していた榛原アリスの予想は、外れた。




「八代君ってさ、家族いないでしょ」




 そう切り出した時、彼が浮かべた表情――。

 その表情には、驚愕の色こそあれ、どこにも渇望の色はなかった。




 ああ、と、榛原アリスは少し失望する気分になった。

 私には最初から欠落していたけれど、彼はそうではない。


 今は失ってしまったけれど、昔は家族がいたのだ。

 そしてその家族の記憶は、今も揺るぎない愛情と庇護で彼を満たしていたのだと。




 寒いときには温めてくれる人がいた。

 空腹のときには食わせてくれる人がいた。

 その時の家族の絆が――彼の中に今も生きているのだと。




 羨ましいなぁ。

 榛原アリスは、既のところでそう口にするところだった。


 満たされない愛情への飢餓感を持ち寄り、お互いに傷を舐め合おうとしていた己の浅ましさ、そしてそれが単なる一方的な勘違いでしかなかったことを知って、榛原アリスの心は沈んだ。




 それでも――なんだか、不思議と嫌ではなかった。


 彼は失った人間、そして自分は取り繕った人間。


 まるで割れていた欠片同士がぴったり治まるかのように、フェリー上で交わした短い会話は、何故なのかとても居心地がよい時間だった。




 そして、あの海難事故――。


 成り行きとは言え、そんな彼と共同生活を送ることになってしまった今、榛原アリスはこの不便な無人島での生活に、日常生活では得られない奇妙な充足を感じ始めていた。




 彼――八代界人。


 寒いときには火を熾して、ブレザーを肩にかけて温めてくれた人。


 墨で顔を真っ黒けにしながら、何もない海で獲物を仕留めて食わせてくれた人。


 それが無償の愛情に由来する行動なのだと、疑いなく知っている人――。




 父親とは、ああいう存在なのかもしれない。


 死んだように眠り込む東山みなみの寝顔を眺めながら、榛原アリスはそんな事を思った。




 自身は顔も知らない、父親という存在――榛原アリスの人生において、決して埋まることのない欠落。


 そのひとつが、この何もない無人島の砂浜の上で、着実に埋まり始めている。


 その幸福感、充足感が、これほどまでに胸をときめかせるものなのだとは――まだ十七歳でしかない榛原アリスは知らなかった。




 界人君、今日は何を食べさせてくれるんだろう。


 どこへ連れて行ってくれるんだろう。


 何も知らない彼が、今度は新たに何を知って、こちらを慌てさせてくれるのだろう。


 何度でもそう思わせてくれる、まるで無垢な砂浜のように真っ白な青年――。




「界人君、早く戻ってこないかな――」




 東山みなみの寝顔を見ながら、榛原アリスは思わずそんなことをひとりごちた。


 その笑い声が聞こえたのか、それとも夢を見ているのか、んむっ、と唸り声を上げた東山みなみが、小さな声で寝言を言った。




「八代、君……」




 ぎゅっ、と、何かを求めて握られた東山みなみの右手を、榛原アリスは高鳴る鼓動とともに見つめていた。




◆◆◆




ここまでお読みいただきありがとうございます……!!


こんな変な話なのに、まだジャンル別週間ランキングに残っております!

果たしてこの話はウケてるのかウケてないのか、

カクヨム初心者なのでサッパリとわかりません!

もう少し書いて様子を見たいと思います!!



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