漂着

第2話やるべきことは暖を取ること

 徐々に意識が覚醒してきてまず感じたのは――口の中に入ってきた砂粒の不快感だった。


 じゃりっ、という感覚に、薄皮に包まれていた意識が一気に覚醒する。




「ここは――?」




 界人が跳ね起きると、高い高い青空があった。


 慌てて周囲を観察すると、自分は広い広い砂浜のど真ん中に投げ出されているらしい。


 輝くような砂浜は視界いっぱいに緩く孤を描き、どこまでも続いていた。


 その白い輝きの中に、まるで胡麻を散らしたかのように、船の残留物らしき破片が散らばっていた。




 界人は慌てて身体を起こし、傍らを見た。


 何故なのか――榛原アリスの無事を確認しなければならないという、猛烈な焦りがあった。




「榛原さん、榛原さん! 大丈夫か!」




 委細構わず肩を抱き起こし、頬の砂粒を手で払ってやると、榛原アリスがゆっくりと目を開けた。


 先程はよく観察できなかったけれど――この人、瞳の色が美しい碧色であった。




「八代、くん……?」

「そう、俺だよ。榛原さん、どこも怪我はないか?」

「怪我……? うぅーん……」




 まるで寝起きのように顔をしかめた榛原アリスがしばし沈黙してから……形のよい唇が「ない」と動いた。


 その言葉にまず安堵して、界人はため息を吐いた。




「よかった……なんとか俺たち、生きてるっぽいな」

「あ――! そ、そうだ! 学園のみんなは!? 私たち以外の生徒は――!!」




 榛原アリスが慌ててそう言ったが、答えようがなかった。


 見渡す限り、ここには他の生存者もいない。


 遺体も――今見た限りではあるが、見当たらなかった。


 首を振り、今は答えようがないのだと示すと、榛原アリスが俯き、震える声で言った。




「死んだ、よね――。多分、大勢――」

「榛原さん、今はそれを考えちゃダメだ。俺たちは生き残った、それが一番重要だ」




 界人は榛原アリスの正面に回り、その顔を覗き込んだ。




「俺たちはまだ生きてる。あれだけの海難事故だし、俺たちみたいに生きて散らばった生存者の救助はきっと後回しになる。この意味がわかるか?」




 界人の言葉に、榛原アリスが首を振った。




「発見されるまで何日かかるかわからないけど、それまで俺たちはそれまでこの島で生きていかなきゃならない、ってことだ。まだここが有人島なのか無人島なのか、それすらわからないけれど、おそらく無人島、それにおそらく――かなりワケありの島だと思う」

「ワケあり――? 八代君、どういうこと?」




 困惑を全開にした榛原アリスに、界人は一言一言、噛んで含めるように説明した。




「榛原さん、よく考えてみてくれ。俺たちは本土からフェリーで沖縄本島を目指して南下していた。俺と榛原さんが初めて会話する数時間前、本土を出港して最後にフェリーが近くを通ったのは、鹿児島県の喜界島だ」




 界人は冷静に頭の中に情報を整理しながら続けた。




「喜界島から沖縄本島までは、大きい島だけで奄美大島、加計呂麻島、徳之島、沖永良部島、与論島があるが、いずれも有人島だ。それなのにこんな広大で、この真夏に人の痕跡が全くない砂浜があるなんて――ちょっと考えられないと思う。それに太陽の高度から判断して、まだ俺たちが漂流してから半日も経ってない。いくら海流が早くても、それぞれの島は数十キロも離れている。これらのどこかに俺たちが流れ着いてるとは思えない」




 その説明に、榛原アリスがますます困惑した。




「ご、ごめん、八代君――説明がよくわかんない。っていうか、なんでそんな詳細に地図が頭に入ってるの? ここらに住んでたことがあるの?」

「いいや、爺ちゃんに教わったんだ。なんでこんなこと教えられたかはわかんないけどさ」

「つまり――今の説明って、どういうこと?」

「榛原さん、馬鹿なことを言う、アホな男の妄想だと思って話半分に聞いてくれても構わない」




 界人は意を決してそれを口にした。




「この島――地図に載ってない島かもしれない」




 その言葉に、榛原アリスが顔をしかめた。




「なんで――そんなことわかるの?」

「理由のひとつは今説明した、俺の頭の中の奄美群島の地図にこの島らしき島がないこと、現時点で人の痕跡がないこと、漂着が早すぎること、そして――」

「そして、何?」

「あれを見てくれ」




 界人は内陸の方を指さした。




 そこには――南海の孤島とは思えない原生林、そして連なる山々の雄大な威容がある。


 そしてその山々の山頂には――真夏でも消え残る、明らかな積雪の痕跡が確認できた。




「え、ゆ、雪――!?」

「そう、雪だ。しかも積雪してる。奄美群島でまともに降雪が観測されるのは標高の高い山々が連なる屋久島だけだ。それなのにあの山には積雪が、しかも真夏なのに溶け残る程の雪が積もっているんだ。こんなこと、九州以南ではどうしても考えられない」




 その説明に、榛原アリスの表情が困惑から恐怖の表情に変わっていく。




「それにあんな標高の高い山々があって、見渡せない限りの陸地がある大きな島があるなんて――わけがわからないけど、有り得ないことなのは俺にもわかる。この島はなんというか――普通の島じゃないんだと思う」




 榛原アリスの顔色が蒼白になった。


 震えが少しずつ大きくなり――榛原アリスが砂浜に手をついた。


 呼吸が上手く出来ないのか、榛原アリスは胸に右手を起き、全身を揺らしている。




「榛原さん――?」

「ご、ごめん……海水で濡れたから、ちょっと身体が冷えてきてて……」




 榛原アリスは気丈にもそうは言ったが、どう見てもそれだけの震えには見えない。


 それはまるで親とはぐれた子鹿が、見えない外敵に対して怯えているような表情――生きることが困難になりつつある状況下に置かれたものの目だった。


 これはよくない――界人の中で警報が発した。自然の中では、何故かこの表情を浮かべたものから真っ先に死んでゆくものだからである。




「それはよくないな。身体が冷えると体力を消耗する。服を乾かそう」




 界人は立ち上がると、広大な砂浜に視線を左右に振った。


 板切れ、棒切れ、湾曲した枝、紐状のもの、尖った石か金属片、枯れ草――と、しばし必要なものを頭の中に列挙しながら、漂流物を拾ってゆく。


 数分もかからないうちにそれらを集め切って、榛原アリスの前に立て膝で座り込む。




「く、八代君……何するつもり?」

「決まってるさ、火を焚くんだ」



 

 そう、人間は簡単に、大自然に屈したりしない。

 その意気を込め、界人は榛原アリスを見て、決然と宣言する。




「どんな過酷な状況でも――火さえあれば、人間は生きていられるんだ」




◆◆◆




ここまでお読みいただきありがとうございます……!!



【お願い】

新規連載作品はスタートダッシュが大事であります……!

何卒、何卒、今後の連載のためにもご評価をお願い致します!!


★で評価、もしくはブクマしていただけると

著者がスライディング土下座で喜びます……!(←マテ)


よろしくお願いいたします!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る