第19話やるべきことは事情聴取
「桐島さん――?」
「そう、桐島さん、私が堂島君たちのグループに絡まれてるのを見てたんです。そしたら、絶対にあいつらの部屋には行くな、夜まで部屋から出ない方がいい、力ずくで引きずり出されそうになったら容赦するな、急所を狙って突き刺してやれって、これを……」
その一言に、榛原アリスが絶句した。
「桐島さん、って、桐島玲奈さんでしょう? あの人、なんでこんなものを?」
「……それはわかりません。でも、その時の桐島さん、凄く怖い顔をしていて……嘘や冗談を言ってる顔じゃなかったんです。容赦せずに堂島君を刺せと言った桐島さんは――本気だったと思います」
桐島玲奈――会話どころか、目すら合ったことがあるかどうかの、界人にとっては他人でしかないクラスメイトの名前だった。
だが、そんな界人ですら、名前を聞いてすぐ桐島玲奈がどういう人なのか思い浮かんだということは、彼女がそれだけ強い存在感を発している人であるということである。
桐島玲奈――それは界人や榛原アリスが在籍する二年A組の中でもひときわ異彩を放つ女子の名前であり、界人は知る由もない話であるが、風体だけで言えばいわゆるギャルと呼ばれるタイプの女子であった。
だが、おしなべてフレンドリーが常のギャルにしては、その性格はまさに孤高で峻厳――相手に対してニコリともせず、どうしてもしなければならぬ話にも応答は基本、動作のみ。
しつこく呼びかける教師などには時たま低い声で一言二言、猛獣の吠え声のように応じることはあるものの、それ以外には基本的に無表情か仏頂面の二パターンの表情しか持ち合わせず、そのくせ毎度のテストでは常に十位以内に名を連ねているという秀才でもある。
その優秀な頭脳や涼し気な見た目、百七十センチ近い高身長のモデル体系と来れば、男子にも女子にもそこそこ人気が出そうなタイプにも見えるのだが、如何せん本人の態度が態度であるため、クラスでは界人や堂島とは違った理由で恐れられ、遠巻きにされている人であった。
あの、あの桐島さんがなんでナイフなんか――。
界人が理解に苦しんでいると、「でも……」と東山みなみが口を開いた。
「あのときの桐島さん、きっと私を心配してくれたんだと思うんです。言ってることは怖かったけど、桐島さんの声も目も優しかった……どうしてナイフなんか持ち歩いてるのかはわからなかったけれど、それを貸してくれたってことは、そういうことなんだと思うんです」
東山みなみは泣きそうな声で言い、手で顔を覆った。
「桐島さん、死んじゃったのかな……。このナイフも……返せなくなってしまいました。私、私、あのときちゃんと桐島さんにお礼を言えなかったのに……」
痛恨の声を震わせる東山みなみは、それきり疲れ果てたように沈黙し、しくしくと泣き始めた。
なんだか、女の子というのはよく泣くものなんだなぁと思いつつ、界人はそれ以上の質問をやめた。
「よくわかった、東山さん。今は他のことはもういい、ゆっくりと休んでくれ」
界人の声に、東山みなみは涙を拭いながら、それでも小さく小さく頷いた。
すう、と大きく息を深く吸った東山みなみは、疲労の極地にあったためか、すでに呼吸音が寝入り端のそれになっている。
「や、やつしろ、くん……」
睡魔に抗うように、東山みなみが途切れ途切れの声で言った。
「ごめん、なさい……さっき、私、八代君を、ケダモノだって……」
ごめんなさい、ともう一言だけ呟いて、東山みなみはそれきり沈黙した。
死んだように眠る、というのはこういう事を言うのか、気絶するかのような深い眠りに一瞬で落ちてしまったようだ。
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