第40話やるべきことは痕跡の発見
東山みなみの言葉に、界人はしばし頭の中で考えた。
素敵だ、守ってあげたい、それは――山の中で使ったことがある感覚だっただろうか。
しばし記憶を掘り起こして、界人はあることを思い出した。
昔、祖父が猟銃片手にクマ猟に精を出していたとき、ヤマネというものを見たことがある。
ヤマネは山の神様の使いとされ、それが近づいてくるのはいいことなのだと祖父は喜んでいた。
あのとき見たヤマネの、ふっくらとして、柔らかそうで、なんというかコロコロとした感覚――それを初めて見る界人も、思わず手の中にそっと包んでいつまでも眺めていたいほど、愛らしく感じたものだった。
なるほど、手のひらにそっと包んで撫でたくなる感覚――。
界人は赤黒くなっている榛原アリスを、頭のてっぺんから爪先まで凝視した。
「かっ、界人君――?」
うーん、ふっくらで、柔らかそうな部分……。
あるな、榛原アリスにも。
というより、この人は全身がそんな感じのもので構成されているような人だ。
特にこの、青いビキニに包まれた胸の部分。
これは確かに手のひらに包んで揉んだらさぞ心地よいに違いない。手のひらには到底収まらない巨大さだけど。
それと、やっぱり食べたら柔らかくて美味しそうだ。
なるほど――東山みなみによると、これが「惚れる」という感覚に類似したものらしい。
「なるほど……」
「かっ、界人君、そんなに胸ばっかりガン見されると流石に……!」
「ふっくらとしていて柔らかい……なるほどなるほど……」
「な、なんかガン見だけじゃなくておっぱいの批評始めたよこの人! 急にどんなセクハラ!? 怖ッ!!」
「なるほどなぁ、確かに、惚れるというのは病気ではないかもな……」
界人が満面の笑みで言うと、榛原アリスの顔が曇った。
「うん……なんとなくわかった。榛原さん、俺に惚れても病気じゃないから安心していいよ」
「え? う、うん、そうなりますね、はい……」
「えっ、なんで残念そう? 健康なのはいいことだろ?」
安心させたつもりなのに、シュン、と、榛原アリスは疲れてしまったかのように肩を落としてしまう。
「うん、はい……今の言い分を聞くに、多分理解できてないことは確実なので……」
「何言ってんだ、俺はちゃんと理解できたんだぞ。俺が榛原さんに惚れてるということが。機会があったら揉んでみたいと思うしさ」
「東山さん、ありがとうね。本人はなんか妙な感じに理解しちゃったらしいけど……」
「はい、そのようです……思ったより疲れますね、コレ……」
「二人ともどうしたの? 惚れる、って凄くいいことじゃないか。ありがとう、二人のおかげで俺はまた一歩ちゃんとした人間に近づけたよ」
「喜んでくれてよかったです……」
「さぁ、水を汲んで島の探索を続けよう。今日は長いぞ」
ハァ、と盛大に溜息をついて、二人が無言で頷いた。
二人ともどうしてしまったのだろう、惚れるというのは体力を消耗するのだろうか。
ヤマネを見たときはそんな疲れなかったのになぁなどと考え、なんだか釈然としない気持ちのまま、界人は沢の畔に降り立った。
小規模な滝になっている部分に、少し指で触れてみる。
まるで氷のような、まさに身を切る冷たさに、界人は安心した。
これは雪から水になってまだ時間が経っていない、細菌による汚染などはないと考えていいだろう水である。
とりあえず、今日の分の水は心配しなくてよさそうだ。
界人が浜から持参した、漂流物の焼酎ペットボトルに水を汲もうとした、その時だった。
「ん? これは……」
界人が声を上げると、肩を落としていた二人も顔を上げた。
水しぶきがかかる苔むした岩の上、そこに何かが落ちていた。
しゃがみ込んでそれを拾い上げて――界人は目を見開いた。
「これ――うちの学校の生徒手帳だ……!」
その声に、榛原アリスと東山みなみが驚きの声を上げた。
「せっ、生徒手帳!? 界人君、本当!?」
「ああ、間違いない。校章が入ってるから」
「そっ、それって――! この島に私たち以外にも生き残りがいるってことですか!?」
「それも間違いないな。この人もここに水を汲みに来たか飲みに来たか……いずれにせよ、この人も水を求めてここに来たんだろうな」
「そ、それって誰の生徒手帳なの!?」
榛原アリスの声に、界人は慎重にページを捲り、顔写真がある最初のページを開いた。
途端に、榛原アリスと東山みなみが顔を寄せてきて――あっ、と同時に声を上げた。
この痛々しいほどの金色に染め抜かれた金髪、そしてこの顔は――。
東山みなみが驚いた声を発した。
「これ、桐島さんの生徒手帳だ――!!」
◆
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