第41話やるべきことは生存者との合流
「桐島さん、桐島さんが生きてる! これってそういうことですよね、八代君!」
まるで死んだ人間が生き返ったとでも言うように、東山みなみは急き込んで訊ねてくる。
だが界人は、しばらくその生徒手帳と、それが落ちていた苔むした岩を交互に見つめた。
無言の界人に、東山みなみが口を閉じた。
「界人君、どうしたの?」
「うん、ちょっとな――気になることがある」
「気になることって?」
「生徒手帳が落ちてた場所、そして桐島さんの性格を考えると――これはサインかもしれない」
「サインって?」
榛原アリスの問いに、界人は少し頭の中で説明すべきことを整理した。
「桐島さんって、俺にはよくわからないけれど、優等生って感じの人ではないだろ? そんな人がわざわざ几帳面に生徒手帳なんか持ち歩くことはないと思うんだ。けれど桐島さんの生徒手帳は、ここに、水しぶきがかからない、なおかつここに水を汲みに来た人なら絶対に目につく場所に落ちていた――多分これは、桐島さんがわざとここに置いたんだ」
「それってどうして?」
「単純に、誰かに自分が生きていることを教えたかったのか、或いは――」
界人は慎重に桐島玲奈の生徒手帳をめくった。
ほとんど読むこともなかったのだろう、ほぼ新品の生徒手帳のメモ欄、そこに――界人の予想通りのものがあった。
ボールペンで走り書きされた何かの図形、いや――これは地図だ。
一部しか描かれていないものの、界人たちが漂着した砂浜、界人がウサギを取り、ヒグマと格闘した高台、そしてそのもっと先、突き出した岬と、海岸線が入り組んだ入り江らしき部分に――大きく大きく、丸印が描かれている。
榛原アリスと東山みなみが、あっと同時に声を上げた。
「界人君、これ――!!」
「あぁ、やっぱりサインだったな。桐島さん、これを伝えたくて手帳をここに置いたんだ。ここでこれを見つけた人に、自分たちはここにいるって伝えるために。桐島さんたちはこの丸印のところにいる。おそらく、結構な数の生徒と一緒だ」
「そ、それって、みんなが生きてるってことですか!?」
界人は大きく頷いた。
「ああ、間違いない。桐島さんたちのグループは既に何人かの生き残りと一緒に組織的なサバイバルを始めてるんだと思う。この丸印はその拠点を示してる。これを見た生き残りが入るなら、ここに来いってことだ」
「や、やった! 界人君、凄いお手柄じゃん! みんなと合流できれば出来ることが増える! みんな助かるよ!」
「うん……そうだな」
思わず歯切れ悪く答えると、榛原アリスが不思議そうな顔をした。
「え……界人君。もしかして、あんまり嬉しくない?」
「え? そ、そう見える?」
「見える見える。なんか物凄く心配な事がある時の顔してる。なんか察知してるでしょ?」
「お、おお、びっくりした――榛原さん、そんなことまでわかるの? 俺の顔見ただけで?」
「水臭いな、何日一緒にいたと思ってんの」
いや、まだ一日半だけど――そんなことを口走りそうになったが、実際その通りだった。
界人は手書きの地図を見ながら沈黙してしまう。
なんだろう――このなんとも言えない、嫌な感じは。
クラスメイトが多数生き残っていることが確定した、それはいいことじゃないか。
必死にそう反論してみても、自分の中のなにかの懸念は去ってくれない。
ただ単純に、気楽な少人数でのサバイバルをやめ、また窮屈な集団生活に戻るのが怖いのか。
そう自分に問うてみても、それとはまた違う気がする。
何かが、何かがおかしい……いや、おかしいのではない。
なんというか――この生徒手帳からは、言い表すことの出来ない、不吉な感じがするのだ。
しばらく、その地図を見つめて押し黙っていた界人に、榛原アリスが遠慮がちに言った。
「――なにか、そんなにヤバそうなの?」
「いや、そんなんじゃないんだけど、勘というか予感というか、ちょっとな。こういう時の勘って意外に当たるから……」
「そっか、他ならぬ界人君が言うならちょっと信頼できるかもだなぁ。そこまで怖い顔するならみんなとの合流はもう少し様子見たほうがいいのかも……」
「あっ、あの、八代君」
そこで第三の声が割って入り、界人は顔を上げた。
見ると、生来のものらしい困り眉を、それでもいつもより幾分かキリリとさせて、東山みなみが界人を真っ直ぐに見ていた。
「あの、ごめんなさい。みんなと合流するかどうかは別にして、桐島さんに会うことぐらいはできませんか? 私、桐島さんにまだお礼も言ってないから――」
「それは……あー、東山さん。悪いんだけど、界人君がこう言ってるなら多分、なにかあると、私も思うんだ」
榛原アリスが遠慮がちに、それでも翻意を促すように東山みなみを諌めた。
「それだけじゃない。桐島さんが生き残ってるのは確実だけど、それだけじゃないかもだし。船が沈没する前に東山さんに酷いことをしようとした堂島やその取り巻きだって生き残ってる可能性があるんだよ? そいつらがもしみんなと一緒にいたり、それどころかみんなのリーダーになってる可能性だって……」
「それでもっ! 私、みんなと会いたいですッ!!」
悲鳴のような東山みなみの声に、榛原アリスだけでなく、界人も息を呑んだ。
東山みなみは両の拳を胸に押し当て、泣きそうな声で続けた。
「私、この学園に入ってからもあんまり周りと馴染めなかったけれど、それでもみんなは私の大切なクラスメイトなんです。それに昨日、私が困っていた時、今まで話したことなんてなかったのに、桐島さんは私のことを心配してくれました。だったら今度は、私が桐島さんの心配をする番だと思うんです……」
見方によっては小学生ぐらいに見える小柄に精一杯の一生懸命さをみなぎらせて、東山みなみは界人と榛原アリスを交互に見た。
「あの、お願いです! あのっ、私、榛原さんにも八代君にも迷惑がかからないようにしますから! どうしてもみんなと、みんなと合流することはできませんか!?」
この引っ込み思案の女子生徒のそれとは思えない、真っ直ぐな言葉と声に、界人と榛原アリスは顔を見合わせた。
しばし、頭の中で様々なことを考えて――界人はため息を吐いた。
「……そうか、そうだよな。俺の単なる勘で、東山さんの気持ちを無視するわけにはいかないもんな」
自分に言い聞かせるようにそう呟いて、界人は榛原アリスを見た。
「榛原さん」
「う、うん」
「さっきはあんなこと言ってて申し訳ないけど、東山さんが今言った通りだと、俺も思う。クラスメイトなら違うクラスメイトのことを心配するべきだ――俺は今そう思ってるんだけど、これって普通の人間から見て間違ってるか?」
「う、ううん。間違ってないと思う」
「そうか、よかった」
ホッとため息を吐いて、界人は東山みなみを見た。
「東山さん、東山さんの言う通りだ。俺だってみんなの安否が心配なのは間違いない。――その地点に行けるだけの物資をかき集めたら、なるべく早くみんなと合流することにしよう」
そう言うと、パッと東山みなみの顔が輝いた。
「い、いいんですか!? 本当に!?」
「何を言ってんだよ、東山さん。東山さんが教えてくれたんじゃないか。そうか、そうだよな、仲間同士なら仲間同士のことを心配するのが当然――そうだよな、ダンゴムシだってみんなで仲良く石の下で生活してるもんな……」
「えっ」
「えっ」
「えっ?」
界人の何気ない一言に、榛原アリスと東山みなみが同時に声を上げた。
「え、な――何?」
「や、八代君……八代君にとって私たちって、その、ダンゴムシ……なんですか?」
「え? だって、そっくりじゃないか。日がな一日コンクリート製の薄暗い校舎の中にいて、なんか仲良く話したり遊んでたりしてさ。なんかいつも平和に群れてるからダンゴムシみたいだなぁってずっと思ってたんだけど」
その言葉に、榛原アリスと東山みなみがもう一度顔を見合わせた。
「界人君――それ私たち相手だから言ってもいいけど、私たち以外に言ったら絶対ダメだよ? 人によってはぶん殴られちゃうよ?」
「えっ」
「く、クラスメイトをダンゴムシ扱い……! 八代君にとっては私たちもダンゴムシなんですか!? ひっ、酷い……!」
「えっ、えぇ……!? な、なんで泣くの東山さん!? ダンゴムシっていいじゃないか! 特に東山さんの場合はその二つ結びが触覚みたいでよりダンゴムシっぽい……!」
「ひっ、ヒイイイイイッ!! 八代君、酷いです! 私、こんな面と向かって人にこんな酷いこと言われたの生まれて初めて……!」
「あーあー! 東山さん泣かないで! 別に界人君も悪気があって言ってるわけじゃないから! どうどう、頭撫でてあげるからこっち来て!」
三人がそれぞれ勝手な理由でギャーギャーとうるさく喚いた、その瞬間だった。
不意に――突如として界人の鼻に、生臭い獣臭が届いたのは、その時のことだった。
◆
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