第14話やるべきことはメスを知ること
榛原アリスの美しい碧色の瞳が――徐々にまん丸く開かれていく。
おや、起きちゃったか……と思いつつも、界人は榛原アリスの顎から手を離さなかった。
「うぇ……か、界人君?」
「ああ、おはよう、榛原さん。よく眠れた?」
「あ、いや……な、何してんの? うぇ、な、なんで私の顔に――?」
「黙って」
鋭くそう言って言葉を遮ると、榛原アリスの肌がみるみる桜色に色づいた。
「うぇ!? うぇ――!? か、界人君!? 何このこの状況!? 私にナニするつもり!?」
「あぁ、榛原さんの唇は柔らかいな――」
そう言って、界人は親指で榛原アリスの唇をなぞった。
予測と違って、榛原アリスの唇は柔らかかった。この柔らかさぐらいなら、年寄りグマどころか、まだ子を産んだことがないメスグマの肉と同じぐらいだ。まだ子を産んだことがない三歳ぐらいのクマの肉は、山の中では一番美味しい肉、ご馳走なのである。
昔食べたクマ肉の味、柔らかさを思い出しながら思わず舌なめずりをした界人に、榛原アリスはますます顔を赤くした。
「こんなに柔らかいと食べてしまいたくなるよ……」
「かか、界人君……!? 何、一晩でどうしちゃったの!? なっ、何を突然そんなイケメンなこと言い出すの?!」
「あぁ、わかる。これはまだオスを知らないメスの柔らかさだ……」
界人の爆弾発言に、榛原アリスが硬直した。
「界人君……! 界人君、どうしちゃったの!? どこで知ったのそんな単語!? なんか突然めっちゃエロくない!? ホントにどうしたの!?」
「榛原さん、俺――榛原さんの事がもっとよく知りたいんだ。ダメ?」
「んな――!?」
榛原アリスの頭からぼわっと湯気が発した――ように、界人にはそう見えた。
「な、ななな……!?」
「ほら、いいから口を開けて……」
「かかかか、界人君、あのね!? 男の子と女の子はね、こういうことはもう少し段階を踏んでからするもんなの!! わかるよね!?」
「嫌だ、我慢できない。俺、今すぐに榛原さんのことが知りたいんだ――ダメ、かな?」
「あ、あううう……! そ、そんなこと言われても……!」
榛原アリスは戸惑いながらも、それでも満更でもない表情でもじもじと身体をくねらせた。
「そ、そんなどストレートに言われたら断れない、あ、いや、やっぱりダメ……! ダメ、だけど、やぶさかではないというか、まんざらでもないというか……!」
「クス、それってどういう意味? 俺、わかんないよ」
「あ、あうう……! は、ハッキリ言わなきゃダメなの……!?」
ごくっ、と、何故なのか生唾を飲み込んでから、榛原アリスは両腕を股の間に挟み、ぼそぼそと言った。
「ま、まぁ、少し、ぐらい……昨日助けてくれた分と、慰めてくれた分ぐらいなら……いい、というか……」
泣きそうな表情で視線を逸した榛原アリスに、よし、と界人は頷いた。
もはや遠慮もへったくれもなく、両手を使って榛原アリスの顎をこじ開けると、ぐぇ!? と榛原アリスが呻いた。
呻いた榛原アリスに構わず、界人はしげしげと榛原アリスの口の中を観察した。
「うーん、思ったより綺麗な歯だなぁ。磨り減ったり折れたりは……してないな」
「か、かいががん……なひほ……?!」
「あのクマはもっともっと磨り減ってたもんなぁ。俺と同じぐらいかな?」
「あ、あがが……!」
「うん……やっぱり爺ちゃんじゃないといいか悪いかわかんないや。ごめんね榛原さん」
そう言って、両手で榛原アリスの顎を閉じると、榛原アリスがむっくりと起き上がって顎を押さえ、目を白黒させた。
「なっ、何よ今の!? なんなの!? 突然人の口の中を見て何をしたかったの界人君は!?」
「ん? ああ、いやね。歯を見ればそのメスがいいメスか悪いメスかわかるらしいから、試しに榛原さんのを見てみたんだよ」
「え、えぇ……!?」
「昔爺ちゃんが仕留めたクマの歯の磨り減り方を見て、あぁいいメスだなぁって言ってたんだよな。でも榛原さんの歯はそんなに磨り減ってなかったから、多分、榛原さんはそこまでいいメスじゃないんだと思う」
「は? 歯だけに」
「そうだなぁ、榛原さんもこれからまだまだ努力しないとね。これからもっとたくさん食べて、いっぱい子を産まないといいメスにはなれな――」
瞬間、界人の世界が爆裂した。
バッチ―――ン!! とばかりに頬に炸裂した榛原アリスの渾身の一撃は界人の平衡感覚を一発で狂わせ、重い脳震盪を引き起こさせた。
どさっ、と、自分の身体が倒れたのも知覚できず、界人は朝の砂浜に倒れ伏した。
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