第35話やるべきことは蚊よけ
「さて、食べたことだし、今後の予定を立てようか」
「ああ、そろそろ本格的にこの島を探索しないとな」
「界人君のことだから、もうやるべきことの筋道は立ってるんでしょ?」
「まぁね。やるべきことは三つ。水源の確保、島からの脱出、そして――」
「生存者の捜索、ですよね?」
東山みなみの言葉に、界人は頷いた。
「まずは水源の確保。今はこうやって海水を蒸留してるけど、なるべく水は大量に欲しい。この島には積雪があるようだから、川や湧水はあると断言していいと思う。まずはそれを探そう。次は脱出の方法だ」
界人は頭の中で慎重に話を組み立てた。
「細かい話は省くけれど……この島はやっぱり絶対に何かがおかしい。ここは九州や沖縄の島じゃないかもしれない。原因はわからないけれど――俺たちは全く別の世界に放り出されたのかも知れない」
界人の言葉に、えっ、と榛原アリスと東山みなみが声を上げた。
「別の世界、って何? ここが異世界だって言うの?」
「まさか、って言いたい気持ちもわかる。けれど、それしか可能性がない気がするんだ。事実、漂着から丸一日経ったのに、空には飛行機すら見えない。上空一万メートルを飛んでる旅客機さえ見つからなかった。日本に一日に離発着する旅客機の数が約2500もある事を考えれば、これは絶対おかしいぜ」
「や、八代君、何者なんですか? なんでそんな知識が……」
「流石だね界人君は。この人はサバイバルモードに入るとどんなスマホよりも正確になるの」
榛原アリスが何故か得意げに東山みなみに笑いかけた。
「おそらく、救助は来ない。皆無ではないかも知れないが可能性は低い、かもしれない。もちろん備えはするけれど、積雪があるこの島に冬がきたら食料が尽きて一巻の終わりだ。どちらに本土があるかわからないこの状態で自発的に島を出るのは無謀も無謀だけど、最後の手段として方法は考えておかなきゃならないと思う」
最後に、と界人は続けた。
「いちばん重要なのが他の生存者の発見だ。おそらく、東山さんがあの状況で生きていることを考えたら、生き残りが思った以上に多いのは間違いない。もしかしたら、俺たち以上に人数がまとまっているのも考えられる。その人たちと合流できれば、できることはもっと多くなる」
うん、と二人が頷いた。
「いずれにせよ、今日は少し出歩いてみよう。まずは島の探索を兼ねて水源の捜索だな。さっき少し出歩いたから多少地形はわかってる。今日は森に入るぞ」
「よし、いよいよサバイバルっぽくなってきたね。それじゃあ早速行きますか」
榛原アリスが立ち上がったのを見て、えっ? と東山みなみが声を上げた。
「榛原さん……もしかして、その格好で?」
「えっ? ダメかな? 無人島って言ったらビキニスタイルじゃないの?」
「えっ、えぇ……!? そ、そうなんですかね!? そんな決まりがあります!?」
「榛原さん、俺もできれば上に服を着てほしいな。毒虫に刺されるぞ」
「えぇー、界人君もそんなこと言うの? この現役グラドルJKのナイスバディ見放題なんて滅多にない機会なんだよ? 私帰ってから事務所に怒られるかもしれないんだよ?」
「うん……事務所? よくわかんないけど、せめてブラウスは着てくれ」
「どうしても?」
「どうしても、って……」
あくまで食い下がってくる榛原アリスに若干呆れてしまうと、「だって」と榛原アリスが口をとがらせた。
「幾ら何でも界人君はオスが死に過ぎなんだよ。何回もドヤ顔で言って申し訳ないけど、私、グラビアクイーンって呼ばれてるんだよ? こんな豊満なチチを常時放り出しあげてんだよ? 少しはメスとして意識してくれたっていいところでしょ」
ぷーっ、と、榛原アリスは頬を膨れさせた。
その表情に、幾ら界人でも多少学んだ結果から焦った。
榛原アリスがこういう反応をする時は、選択肢を間違えるとしこたま怒られるのである。
「あっ、ヤバっ……! はっ、榛原さん、落ち着いてくれ。別に榛原さんのことをメスとして意識してないわけじゃないんだ。ホントだよ!」
「ヤバってなによ、ヤバ、って。それに今のは意味が違うでしょ? 界人君のは生物学的に私がメスだっていうことを理解してるだけで、私を繁殖行動ができる、いやむしろ繁殖行動したい、させてくださいっていうメスだとは思ってないんでしょ?」
「はっ、繁殖行動……!?」
ボボッ、と、何故なのか東山みなみが代わりに赤面した。
困ってしまっている界人に向かって、榛原アリスが物凄く不満げに視線を逸し、チッと舌打ちの音までが聞こえた。
「全くもう、わかってはいたけどまた天然かよ……。たまに可愛くないぞ。なんのためにこんな格好してると思ってるんだか。これでも結構寒いっつーのにもう……」
ブツクサと何事か呟いている榛原アリスに、界人はほとほと困ってしまった。
榛原アリスをメスとして意識する……それは界人にとっては一種の鬼門のようなものである。
何しろ、自分はほぼ祖父以外の人間を知らずに生きてきて、女の子とは今まさにまともに接触したぐらいなのである。
一応、これでも自分なりに女の子に優しくしているつもりであるのだが、榛原アリスは更に何かを界人に求め始めているらしいのである。
うーん、どうしようか、ここで解答を間違って怒られるのも嫌だしなぁ……と思って視線を振った先に、界人はいいものを見つけた。
長細くて光沢のある葉っぱ、この葉は……。
「おっ」
「え?」
「よし、いいものを見つけた。榛原さん、ちょっと待っててくれ」
言うが早いか、界人は見つけた木に駆け寄って、半分枯れた葉っぱを五、六枚ほどむしり取り、あらかじめ何個か集めておいた漂流物の空き缶に押し込んだ。
その上から今朝のウサギ汁の燃えさしを突っ込むと――空き缶からもうもうと煙が上がった。
「榛原さん、はいこれ」
「うぇ? 界人君、なにこれ、煙ッ――!」
榛原アリスがもうもうと上がる煙から顔を背けた。
界人は少し自慢げに説明した。
「この木の葉っぱ、タブノキっていうんだ。蚊取り線香の原料のひとつになる葉っぱなんだよ。山の中で燻せばそれなりに蚊よけ効果もある。持ってれば多分上半身ほぼ裸でも大丈夫だと思う」
「け、煙ッ……! すごいけど煙い……! ゲホゲホッ……!」
「榛原さんはどうしてもその格好がいいって言うんだろ? ならこれさえあれば大丈夫だ。でもムカデとかには効果が薄いと思うからくれぐれも気をつけてくれ、な?」
「ホラホラ出たよ、斜め上の解答……! 東山さん、この人はこういう人だから! なまじサバイバル能力高いから、常にほしくない方の解答を提示してくる人だから! 気をつけないと私みたいになるぞ!」
「ひ、ひぇぇ……! おっ、覚えておきますぅ……!」
煙い煙いと大騒ぎする榛原アリス、東山みなみの怯えたような表情を不思議に思いつつも、ともかくこれで当座は問題ないだろう。
「よし、じゃあ出発するか!」と腹に力を込めて言い、界人は森へと歩き始めた。
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