第30話やるべきことはシャツを縫うこと

 東山みなみが、砂浜に芋虫のように転がっている界人と、それをやたらに踏みつけている榛原アリスを見て目を丸くした。





「東山さん、もう起き上がっても大丈夫なのか?」

「え、えぇ、まぁ……って、それよりも! や、八代君も榛原さんも何やってるんですか!? 早速仲間割れですか!?」

「あ、いや、これは違うの。教育的指導。そうだよね界人君?」

「う、うん……」




 榛原アリスの言葉に頷いてしまうと、東山みなみがますます顔を変形させた。




「そ、それに、そのワイシャツどうしたんですか!? 榛原さんに裂かれたんですか!?」

「あ、いや、これは違うの! もう既にこうなってたの! そうだよね!?」

「あ、ああ、榛原さんにやられたわけじゃない。怪我もないから大丈夫だよ」

「そっ、そうなんだ。あの……」




 もじもじと、東山みなみが制服の内ポケットに手を差し込み、手のひらサイズの小箱を取り出して、何かを訴えかけるように界人を見つめた。




「あっ、あのっ! 私、裁縫セットいつも持ち歩いてるんで! もしよかったらそのシャツ、私に縫わせてもらえませんか!?」




 その申し出に、界人と榛原アリスは顔を見合わせた。




「えっ、シャツを縫う? そんな器用なこと出来るの、東山さん?」

「こっ、こういうことは母によく躾けられたので! その、それぐらいの破れ方なら大丈夫、だと思います! 私を助けてくれたお礼ってことで、その……!」




 わかってはいたが、東山みなみは他人と会話することがあまり得意ではないらしかった。もじもじ、とあちらを向いたりこちらを触ったりしながらの会話はじれったく、怯える小動物を思わせる所作に、もう一度界人と榛原アリスは顔を見合わせた。





「いいよな、榛原さん。こういうときって東山さんにお願いしていいんだよな?」

「うん、せっかく東山さんがお礼って言ってくれてるから。こういうときは甘えてもいいと思うよ」

「よし、わかった。東山さん、是非お願いするよ」

「よ、よかった……」

「じゃあ早速お願いするか。待ってな、今ワイシャツを脱ぐから……」




 界人がワイシャツのボタンを外し、左肩が大きく裂けたワイシャツを脱ごうとすると、ギャッ! と東山みなみが顔を両手で覆った。


 ん? と界人が顔をあげると、東山みなみが赤くなった顔で震えていた。




「東山さん……?」

「あ、ご、ごめんなさい! なんでもないんです!」




 東山みなみが二つ結びをぶんぶん振り回して頭を振った。




「あの、私、男の人が着替えするところ、間近で始めて見るから……! つっ、続けてください!」




 東山みなみは肌着のTシャツだけになった界人を、指の隙間から潤んだ目で見ていた。その視線はどことなく、界人の腹筋や腕周りを見つめている気がする。


 界人には東山みなみが赤くなっている理由がわからず、なんだかよくわからない気持ちでワイシャツを脱ぐと、ひとまとめにして東山みなみに手渡した。




「はい、東山さん。お願いするよ」

「あ、あうう……な、生暖かい……! こっ、これが男の人の体温……!!」




 なんと――ワイシャツを受け取った東山みなみの手がぶるぶると震え、目は何故なのか涙目になっているではないか。


 榛原アリスが心配そうに東山みなみを見た。




「東山さん……もしかしなくても、男の子苦手でしょ?」

「にっ、苦手というか、今まであんまり接触がない人生だったから……!!」




 東山みなみは引き攣った声でそんな事を言った。




「私、お母さん一人に育てられて、あの、兄妹とかもいなくて……! おっ、男の人、あんまりよくわかんなくて……! あっ、あうう、生暖かい……!」

「えっ、そうなの? 普通に街で暮らしててもわかんないことなんてあるの? 俺は逆に女の子がよくわかんないんだけど、そういうことってあるの?」

「界人君、悪いけど追い打ちはやめて。東山さん、本当に大丈夫? 手が震えてるよ? ちゃんと縫えそう?」

「あ、あうう、頑張ってみます……! そっ、そのうち慣れると思うから……!」




 ごめんなさい、と何故か謝ってから、東山みなみはくるりと背を向け、少し離れた場所に座り込んだ。


 ちらちら、と辺りを窺ってから、東山みなみは丸めたワイシャツに何故なのか顔を埋め、うっとりとしたような表情を浮かべた。




「榛原さん……俺にはよくわかんないんだけど、アレ、東山さんは何してんの?」

「しっ、声が大きい! ほっといてあげて! 今の東山さんは大人の階段を昇ってる最中だと思うから!」

「お、大人の階段? 階段なんてどこにもないと思うんだけど」

「ベタなボケはやめて! とにかく、任せておけばいいから! 私たちは食事の準備! ね!?」

「そ、そう? ほっといた方がいいのか。じゃあ俺たちはウサギを捌くか」




 そう言いつつ、界人はもう一度だけ東山みなみを見た。


 東山みなみは界人のワイシャツに顔を埋めたまま、まだ深呼吸を繰り返している。




 ああ、カモシカがやる奴かな、と界人はそんな事を思った。


 カモシカは発情期になると目の下にある皮脂腺から匂いを分泌し、それを樹木にこすりつけて自分の存在をアピールする。


 東山みなみと界人は初めて会話するから、東山みなみはそうやって界人に自分の存在をアピールしているのかもしれない。


 ということは今の東山さん、発情期なんだな。あんなに小さくて痩せっぽちでも、子どもって産めるのかなぁ――。




 界人はそんなことを納得しながら、ウサギの解体に取り掛かった。




◆◆◆




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