第31話やるべきことは匂いを覚えること
「よし、こんなもんだな」
すっかりと皮を剥がれ、解体され、精肉そのものになったウサギ二頭を見て、榛原アリスがうおーと声を上げた。
「相変わらずドン引きするぐらい凄いね、界人君って。これもうウサギじゃなくて肉じゃん。解体が綺麗すぎて思ったより全然食べられそう」
「ウサギは靴下みたいに綺麗に皮が剥けるからね。俺もウサギは大好きだ。ウサギは冬でも冬眠しないから、冬はそれこそ毎日ウサギばかり食べてたよ」
「そうなんだ。山育ちって凄いなぁ」
榛原アリスは感心しきり、という感じで頷いた。
「さぁ、できればここに味噌でもあればよかったんだけど、それも出来ないから、今日は塩汁だな。いい出汁が出るからそれなりに美味しいと思うけどなぁ」
そう言って、界人は砂浜から拾っておいたミルク缶にドボドボと肉を細切れにして投入し、前日の蒸留で手に入れた塩も投入した。
その後、あらかじめ作っておいた長細い物体も同時に投入すると、榛原アリスが不思議そうに界人を見た。
「界人君、なにこれ?」
「ん? ああこれか? ソーセージだよ」
「そ……ソーセージ?」
「そう、ソーセージ。ウサギのソーセージ。俺の大好物なんだよね」
界人は久しぶりに食べるその味を思い出しながら説明した。
「ウサギを獲った時は爺ちゃんに必ず作ってもらってたんだ。これが美味しいし一番ウサギの味がするんだよね。五年ぶりに食べるなぁ、待ちきれないなぁ」
「……何度も言うけど、界人君って凄いね。この無人島でソーセージ作っちゃうんだもんなぁ。豪華な食事だなぁ」
「あっ、あの……」
そこで遠慮がちに声をかけられ、界人と榛原アリスは背後を見た。
すっかりと縫われたシャツを両手に持って、東山みなみがもじもじと立っていた。
「あの、あの……シャツ、縫い終わったんですけど……」
その言葉に、榛原アリスが反応した。
「ああ、ありがとうね東山さん。界人君、受け取って」
「ありがとう東山さん。……おお、凄いな。破れたのがわからないぐらい綺麗――」
思わず、界人は感嘆した。何縫いと呼ぶのかわからないが、先程ヒグマによってすっかりと引き裂かれたワイシャツは、丁寧に、そして頑丈に縫い込まれ、予想よりも遥かに完璧に仕上がっていた。
実際に袖を通してみても、海水をしこたま浴びてヨレヨレのワイシャツがそれだけで新品同然になったような気さえする。
東山さんって凄いなぁ、と思ったそのとき。界人の鼻にふわりとある香りが漂い、ん? と界人はワイシャツを見た。
「ん?」
「え? どうしたの界人君?」
「いやなんか、俺のと違う匂いがするなぁと思って。うーん……。あ、わかった。これ、東山さんの匂いだわ」
界人が言うと、榛原アリスがぎょっとした表情になった。
途端に、もじもじとしていた東山みなみの小さい顔が瞬間湯沸かし器のように真っ赤っ赤になる。
「う、うぇぇ――!? 私の匂い――!?」
「ちょ、界人君――!」
「うーん、榛原さんの匂いとは少し違うなぁ。なんていうかな、生まれたての猫の赤ちゃんみたいな匂いがするなぁ。石鹸の匂いかな、これは。榛原さんの匂いもいい匂いだけど、これはこれでオツな匂い――」
「かっ、界人君界人君! 今聞き捨てならない事を聞いた! 界人君っていちいち人の匂いなんて嗅ぎ分けてんの!? もしかしてそれで人を識別してたり!?」
「ん? まぁ、流石に見た目とか声とかでも見分けるけど、一番先に覚えるのはその人の匂いだなぁ。ちなみに榛原さんの匂いは何ていうか、脂っこいというか、発情期のメスみたいなネットリと性的な匂いがするというか――」
「メスみたいな性的な匂い!? グラドルとして喜んでいいのコレ!? 私そんなこと言われたの初めてでわかんないよ!!」
「にっ、ににににに、匂い……! わ、私の匂い、あうぅ……!! や、やっぱり男の人って誰でもケダモノ――!」
「ん? ケダモノ? 俺のことか?」
界人が聞き返すと、はっ、と東山みなみが口を両手で押さえた。
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