探索

第29話やるべきことはオカズの確保

「かっ、界人君――!? どっ、どうしたの、それ!?」




 砂浜に帰るなり、榛原アリスが驚愕の表情で界人の左肩を指さした。

 

 しばらく、なんと説明しようかと迷って――界人は今は誤魔化すことにした。




「これは――ちょっと、色々あって」

「色々、って感じの破れ方じゃないでしょ! どうしたの!? なにかに襲われたの!? どう考えてもこれ、なにかに引き裂かれて――!」

「ま、まぁ、今はちょっと説明するのは後にさせてくれ。それより、これ」




 界人がウサギを二匹差し出すと、榛原アリスが目を丸くした。




「これ、ウサギ……?」

「ごめんな。もう少し榛原さんが好きそうな食べ物を取ってこれればよかったんだけど、こんなもんしか手に入らなかったよ。ごめん」




 界人がぼそぼそと謝罪すると、榛原アリスがきゅっと眉間に皺を寄せて、大きく首を振った。




「界人君、そんなことで謝ったらダメだよ」

「え――?」

「そんなことで私に謝らないで。私、凄く嬉しいから。界人君が頑張って取ってきてくれた食べ物を好き嫌いするなんてない。絶対ないから」

「そ、そうか……ちょっと安心した」

「界人君――」




 嬉しい、と言いつつも、榛原アリスの表情にはまだ強い懸念の表情がある。まるで界人の事を心配するような憐れむような、そんな顔で榛原アリスは再び口を開いた。




「界人君、何があったか、ちゃんと後で説明して。一人で何でも解決しようとしちゃダメだよ? 私だって、東山さんだっているんだから」

「う、うん」

「それと、そんなに何でもかんでも謝らないで。界人君、ちゃんと私たちのために餌を取ってきてくれたじゃん。他の誰にも出来ない、凄いこと、凄く優しいことだよ。もっと自信持ってよ」

「そ、そうかな? 俺、ちゃんと女の子に優しく出来てるかな?」

「凄く、優しいよ。凄く――」




 榛原アリスはそこでなんだか声を震えさせ、目尻を指で拭った。




「え、え!? な、なんで泣くの――!?」

「うるさい! 泣くよこんなの! だって界人君、私たちのことばっかり心配して、こんなになってるのに自分の心配は全然しないんだもん! だから代わりに私が心配してるんじゃん、悪い!?」

「ん、んん――? 榛原さんが俺の代わりに俺を心配する? ちょっと待って、今考えるから――」

「考えなくていい! もういいから! とにかくありがとう! すっごく感謝するから!!」




 榛原アリスはそれ以上のやり取りを押し止めるように大声を発した。


 おっ、おう……と歯切れ悪く頷いてから、界人はそこで本題を思い出した。




「あ、そ、そうだ! 宿題!」

「え?」

「俺、わかったんだ。なんで榛原さんに触れられるとムズムズするのか! わかったんだよ、榛原さん!」




 そこで思わず界人が両手で榛原アリスの手を握ると、榛原アリスが赤面した。


 ああ、またムズムズする。


 やっぱり、これは間違いない。


 その反応に、界人はますます確信を深めた。




「かっ、界人君――!?」

「俺、爺ちゃんに聞いたことがあるんだ! ある特定の事をした時に、人は全身がムズムズって痒くなって、顔が赤くなって、胸が苦しくなって、呼吸がしづらくなるんだって!」

「ちょ、ちょ、界人君! それって――!」

「その病気は温泉に浸かっても治らないし、ドクダミを擦り込んでも治らないから気をつけるんだぞって、爺ちゃんが言ってた! ああ、ようやくわかった、わかったんだよ、榛原さん! 俺、ようやく榛原さんのことが理解できたんだ――!」

「ちょちょ、ちょっと待って! 今少し時間が要るから! ブレークブレーク!!」




 界人の言葉に、しばし猛烈に慌てていた榛原アリスが――ふと、何かの覚悟を固めた表情になった。


 ごくっ、と、細く白い喉元を動かしてから、榛原アリスが界人をまっすぐに見つめた。




「そう、答え……わかったんだ」

「うん!」

「そっか、わかっちゃったか。……答え、聞かせてくれるんでしょ?」

「うん! うん!」

「じゃあ――今ここで聞かせて」




 ぎゅっ、と、榛原アリスの手が界人の手を握り返した。


 榛原アリスの不思議な色の瞳は何故なのか潤んでいるが、怯えも動揺もなく、澄んだ色で界人を見つめている。


 その掌から伝わってくる熱は、まるで火傷をしそうなほどに熱く感じる。


 大きく息を吸い込んでから、界人は全世界に響くかのような大声で宣言した。








「俺――榛原さんアレルギーなんだよ!!」








 ――数秒間、地球が自転することをサボったような、奇妙な静寂が落ちた。




「――は?」




 榛原アリスが、人殺しのような顔と口調で吐き捨てた。


 界人は榛原アリスの手を一層強く握り締めた。




「一回、爺ちゃんが釣ってきたサバに中った時もそうだったんだよ! 全身に蕁麻疹が出来て猛烈に痒くなって、胸と呼吸が苦しくなって、血圧が下がって心臓がドキドキしたんだ! アレってサバの身が古くなると出来てくるヒスタミンっていう物質にあたったんだって爺ちゃんが言ってた!」




 界人は目をキラキラと輝かせた。




「つまりね、俺って榛原さんにアレルギー反応起こしてるんだよ! 榛原さんって若そうに見えるけど、意外に見た目より古くなってるらしいんだなコレが! 俺、榛原さんの中に蓄積したヒスタミンのせいでこんなになってるんだよきっと! それ以来、俺、サバ喰わないようにしてるから! ということで、今後は榛原さんとの接触は可能な限りなるべく控えめにしようと――!」




 途端に、界人の脛に強烈な蹴りが直撃した。


 脛の骨がへし折れたかのような乾いた音が発し、ウギャア! と悲鳴を上げて砂浜に倒れ伏した界人の背中に、二撃、三撃と、榛原アリスのローキックが炸裂した。




「あだ! あだだだ!? えっ、ええぇ――!? はっ、榛原さん――!?」

「ハズレだよ……全ッ然不正解だよ! この野生児唐変木――!」

「ギャア! や、やめて! そんな蹴らないで! そっ、そこ腎臓――!!」

「大体何だ今の台詞は!? 私が若そうに見えて実は古いって一体全体どういう意味だオラァ!!」




 榛原アリスは美しい顔を憤怒の表情に歪めて界人を怒鳴りつけた。




「何万人を興奮させてんのかわかんないこのピチピチナイスバディのグラビアクイーンJKをくたびれたサバの味噌煮呼ばわりとはいい度胸してんなコイツ! 非常食扱いの次はそっちの方のオカズ扱いかよ!! 何がヒスタミンだ、何が蕁麻疹だよ! 一瞬でもポカリスエットのCMみたいな青春ラブコメを期待した私が大馬鹿だったわ――!!」




 げしげしっ、と、本当に路傍の石ころを蹴りつけるかのような榛原アリスの攻撃は、いくら命乞いしても全く止まなかった。


 頭を抱えて背中を丸め、攻撃を受ける体勢になっている界人を怒りの視線で見下ろしていた榛原アリスが、不意に赤い顔で視線を逸した。




「もっ、もう……一体何を言わすのよ……そっちの方のオカズとか……。私、ネット上で変態に絡まれたことは何回もあるけど、こんなはしたないこと面と向かって人に言われたの初めてだよ……!」

「えっ、えぇ……!? 俺、そんなこと言ってないんじゃ……!?」

「とにかく、大不正解。言っとくけどそれは間違ってもアレルギーじゃないから。二度と言うな」

「はい……」

「それと、サバは喰ったら中るけど、触れたぐらいじゃ別に中りません。JKに触れてもアレルギーなんか起こらないから」

「はい……はい……」

「まぁJKもオカズとして食べたら中るかもわかんないけど……食うなよ?」

「たっ、食べません、食べませんから……!」

「あの、榛原さん、八代君……」




 不意に、背後から声をかけられて、界人と榛原アリスは同時に背後を振り返った。


 東山みなみが、朝よりも幾分かしっかりとした足取りでこちらに歩み寄ってきていた。




◆◆◆




ここまでお読みいただきありがとうございます……!!



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