第4話やるべきことは発火
「普通の動物とは違うところ……? それって何なの?」
「最初のひとつは、言葉だ。人間以外に言葉を扱える動物はいない。九官鳥やオウムは人間の言葉が真似できるだけで、言語を駆使して複雑なコミュニケーションをすることはない」
界人がそう言う間にも、木の枝と板切れが擦れ合い、焦げ臭い匂いが漂い始める。
「二つ目は刃、ナイフを使うことだ。人間はサルから人間に進化するときに石器を、そしてそのうちに鉄の刃を作り出した。人間だけは、刃を使って自然界にあるものを加工し、自分たちに都合のいいものに作り変える事ができる」
ものの数秒で、木の枝と板の間には、真っ黒に焦げた削り屑がたまり始める。そこから細く煙が立ち上り、ちらちらと赤い火種までが出てくると、榛原アリスが目を見開いた。
その削り屑がティースプーンに四分の一ほどになったところで――界人は手を止めた。
「最後のひとつは、火を熾せることだ。人間以外のどんな動物も、火というものを狙って熾すことはできない。火を熾すという行為は、人間しか出来ないんだ。火を扱うことを忘れたら――たとえ街のど真ん中にいたって、人間は人間じゃなくなる」
板に穿った穴に溜まった削り屑を、慎重に木っ端の上に乗せ、丁寧に丁寧に、まるで命を吹き込むかのように、息を吹きかける。
その度に、真っ黒な削り屑が赤々と燃え上がり、ぱちぱちと爆ぜ始めた。
「逆に言えば、言葉、刃、火……この三つを失わない限り、人間はいつでもどこでも人間でいられるんだって、爺ちゃんがよくそう言ってたよ」
頃合いを見計らい、火種を枯れたススキの穂で挟み込み、慎重に息を吹きかけると――。
ボワッ、と、界人の掌からやおら紅蓮の炎が上がった。
「わぁ……!」
思わず、というように、榛原アリスが声を上げた。
ススキに燃え移った火種を砂の上に起き、上から小枝を重ねると――火はもはや風に吹き消されることもなく、白い砂浜の上に勢いよく燃え上がった。
産声を上げた火種を、まるで子どものように輝く目で見つめる榛原アリスに、思わず界人の頬が緩んだ。
「な? 原始的でもちゃんと火は熾せるだろ?」
その「言葉」に、榛原アリスはますます目を輝かせた。
「すっ、凄い! 凄いよ八代君! まだ十分も経ってないのに本当に火がついた!」
「ふぃー、五年以上ぶりにやったけど、上手く出来てよかった。ここが雪山とかじゃなくてよかったよ」
思わず安堵のため息を漏らすと、榛原アリスが手を叩いた。
「すっ、凄い凄い八代君! 八代君って何者なの!? 本当にライターも何もないのに火を熾すなんて……! めちゃくちゃ頼りになるじゃん! 魔法使いみたい!!」
「そんなことはないよ。それにこんなことが出来たって学校生活では何にもならないしさ」
界人は砂浜にあぐらをかいて座った。
そのまま、産まれたばかりの火を見つめて、少し考え込んでしまう。
「こんなことが出来たって、いざ街に帰ればライターだってマッチだってある。こんな事ができて凄いなんてことはないんだよ」
燃え盛る炎を見つめながら、界人は思わずそんなことをぼやいてしまった。
そう、こんなことが出来ても、何にもならないし、誰も褒めはしない。
原理さえ理解し、手順や確実に段階を踏めば必ず起こってくれる自然現象と違って、人間付き合いには決まった手順や段階というものは存在しない。
界人にとっては、自然界よりも人間界のほうが余程厄介で理解不能な存在なのだった。
少し人と違うことをすれば、好奇の目で見られる。
少し違う常識を持ち出せば、非常識だと叩かれる。
常に常に窮屈なしがらみや目に見えないルールに縛られ、決して逸脱を許されない。
自然界の掟や法則を気にしていれば生きていられたあの山の中の一軒家とは、何もかも違う。
山を降りた界人は、「生きる」ことはできたが、普通に「暮らす」ことは――ついに出来なかった。
なんでそんなことを言ったのか自分でもわからないぼやきに、少し沈黙が落ちた。
しばらくして――横に視線を感じた。
ん? と思って横を見ると、榛原アリスが笑みを浮かべて界人を見つめていた。
「八代君、ズレてんね」
「え? あ、うん……多分、その自覚はある」
「でも、いいズレ方してるじゃん。今どきの男には珍しいズレ方をさ」
「は、はぁ――? そうなの?」
「こういうときね、普通の男子生徒だったらドヤ顔するところだよ。俺はこんなに凄いことができるんです、たくさん褒めてね、ってね」
「それは――その男の人が榛原さんの気を惹きたいからだよ。自分を頼ってくれって言いたいんだよ、きっと」
「八代君は私の気を惹きたくないの?」
真剣な質問だぞ、というような声に、界人は少し戸惑ってしまった。
榛原アリスは確かに美少女で、界人が見てもはっとする魅力に満ちている。こんな美少女に手放しで褒めそやされ、頼られたら、誰だって嬉しいに決まっていた。
けれど――こんなきらきらしている人に頼られるということが、果たして嬉しいことなのか煩わしいことなのか、それは界人にはわからない。
ただ、榛原アリスの不思議な色の目に見つめられると、身体のどこかが不思議にムズムズする感覚はあった。
これが嬉しさというものであるなら――きっと自分にも、榛原アリスに頼られたいという思いが、どこかにあるのかもしれなかった。
思わず押し黙ってしまった界人の背を、榛原アリスがどついて、それから笑った。
「別にそんな困らなくってもいいの。八代君は頼りになる人だって、私が保証したげるよ」
にっ、という感じで笑った榛原アリスに、ようやく界人も少し笑みを返すことが出来た。
照れて頭を掻く界人を楽しそうに見つめて、榛原アリスが立ち上がった。
「よ、よし――! 早速服を乾かすか! 八代君!」
「うん」
「早速、濡れた服を脱いで乾かしたいの! だからさ、ね?」
「うん」
「あのさ、服を脱ぐんだよ?」
「うん」
「いや――うん、じゃないでしょ」
「うん?」
界人が戸惑うと、榛原アリスが界人の倍も戸惑った表情になった。
◆◆◆
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