第5話やるべきことは常識の確保
「あのさ……女の子がね、同級生の男の子の前で、服を脱いで下着一枚になろうとしてるんだよ? わかるよね?」
「そうだな」
「だからね、こっちをずっと見つめられたままだと、服を脱げないじゃん?」
「え――なんで?」
「なんで――って、私の言ってる意味わかってる?」
「わかってる。榛原さんは今から服を脱いでほぼ全裸になるってことだよな? じゃあ脱いだら?」
「ぬっ、脱いだら? じゃないでしょ!?」
榛原アリスが立ち上がり、うおっと界人は仰け反った。
「あのさぁ八代君! 何をガッツリ至近距離から女の子のすっぽんぽんガン見しようとしてんの!? いくらグラドルだからって、悪いけど今の私、完全プライベートだから! ハダカ見せるのはお仕事のときだけなの! 普通こういうときは男の子の方が遠慮するものでしょ!? あっち向いて座るとか、遠くに行くとかさ!」
「うぇ……な、なんで!?」
「なんで、って、恥ずかしいからに決まってんじゃん!」
「えっ……!? そ、そうなのか……!?」
「えっ」
真剣に戸惑っている様子の界人に、流石の榛原アリスも剣幕を引っ込めた。
数秒沈黙した後、界人は何かを察して、あ、と声を上げた。
「そ、そうなんだ……女の子って男に裸を見られると恥ずかしいのか……。そうかぁ、だから女湯とか女子更衣室に入ったりしちゃダメなんだな。なんかもっと別の理由があるのかと……」
界人はきまり悪くボリボリと頭を掻いた。
「あーあ、ごめん。俺、本ッ当になんにも知らないんだなぁ……。俺、ちょっと訳ありでさ。中学まで学校とか通えてなかったんだよね」
「えっ? そ、そうなの?」
「ぶっちゃけた話、同年代の女の子とか、爺ちゃんが死んで山を降りてから初めて出会ったし。女の子がそういうもんだって、知らなくてさ」
「え、ええ……? あ、そ、そうなんだ……ごめんね、なんか一方的に怒っちゃって……」
「いや、謝るのはこっちの方だよ、榛原さん。俺、まだよくわかんないんだよね、女の子って生き物が」
また自分は間違えたのか……舌打ちしたい気持ちで、界人は続けた。
「女の子には優しくしろって爺ちゃんには言われてたけど、その優しくするっていうのがどういうことなのか、よくわかんないんだよな、俺。エサを獲ってきてあげるとか、一晩中温めたりとか……まさかそんなこと人間相手にするわけないしなぁ――ごめんね榛原さん。今の俺、女の子に優しく出来なかったっぽいわ」
その言葉に、榛原アリスが五秒ぐらい沈黙した後、突如大声で笑い出した。
「何それ――本気で言ってるの?」
「えっ?」
「えっ、エサを獲ってきたりすることが優しさとか……! ほ、ほ、本気で言ってるとは思えない……あははははははっ!!」
ケラケラと、榛原アリスは腹を抱えて大笑いし、ヒーヒーと苦しげに息をついた。
戸惑っている界人の側で、榛原アリスはたっぷり三分近くも笑い転げた。
「あー、久しぶりにこんなに笑ったわ。八代君、めちゃくちゃ頼りになるだけじゃなくて、めちゃくちゃ面白い発想する人だね」
「えっ、おっ、面白い――!?」
「面白いよぉ。エサを獲ってきてあげたり、一晩中温めてあげるのが優しさ、かぁ。物凄く斬新な優しさだなぁ」
「や、やっぱそうなの、かな?」
「そうだよ」
榛原アリスは砂浜に座り込み、膝を抱えて、物凄く面白そうに界人を見つめた。
「私ね、男の子になにかプレゼントもらったり、食事を奢ってもらったり、可愛いねって褒めてもらったりしたことはいくらでもあるけど、そういう優しさはまだ受けたことないなぁ」
「それは……まぁ流石にね。まさか榛原さんは鳥じゃあるまいし……」
「温めてくれる人がいるなら、人間より鳥のほうがよかったなぁ、私」
一瞬だけ、榛原アリスの声のトーンが下がった。
思わず榛原アリスを見ると、榛原アリスは何故なのか少し寂しそうな表情をしていた。
「そうだよなぁ、まずはちゃんと食わせてくれて、寒さから守ってくれるのが優しさってものだよなぁ。鳥や虫でも出来てることだよね。でも、それって人間にとっては優しさなんだよな。本能じゃないんだよね……」
意味深な一言と共に、榛原アリスは焚き火を見つめた。
その横顔には、はっきりとした寂しさと、界人にはわからない、何かへの飢餓感があるように見えた。
そう、榛原アリスともあろう人が、手を伸ばしても手に入らない、なにか途轍もない渇望のようなもの。
「自分も時たま、そんな寂しそうな顔をしている」と、榛原アリスは言っていた。
ならば、自分自身もこんな表情をしているのか。
どこかへ帰りたい、自分がいるべき場所はここではない――。
常日頃からこんな寂しそうな顔をして――自分は生きているというのか。
そんなことを考えていると――不意に、榛原アリスがなにかの仮面をつけ直したのがわかった。
パッ、という感じで横の界人を見た榛原アリスが目を輝かせた。
「ねね、八代君! やつしろくんだと長いから、界人君、って呼んでもいい!?」
「え? あ、あぁ、別にいいけど……」
「やったね! ……じゃあ界人君、早速服乾かすよ! もうあっち向かなくていいよ!」
「え……?」
言うが早いか、榛原アリスは制服を脱ぎ捨て、ブラウスのボタンを外した。
そのまま、豪快に服を砂浜の上に放り投げて、榛原アリスはみるみる素肌を露わにしてゆく。
しかしなんと――榛原アリスの上半身は、下着ではなく、青色のビキニ姿だった。
これには流石の界人も驚いた。
「え、み、水着……!?」
「フェリーにデッキプールあったじゃん! 本当ならあの後、みんなと泳ぐ予定だったんだよね! ちょうどよかったじゃん、無人島に流れ着いたらビキニスタイルって相場が決まってるでしょ!」
なんだかよくわからない理屈を口にした榛原アリスを、界人はまじまじと見た。
女の水着姿というのは生では初めて見たが――これはなんというか、凄い。
まるでスズメバチの巣のようなたわわが、実に窮屈そうに小さな布地に収まっているではないか。
そういやクラスの男子連中が、榛原アリスは九十二センチのGカップだとかなんとか言っていたっけ。
今まで祖父が獲った中で最大のウナギが九十センチであったから、九十二センチといえば尋常ならざる大物には違いない。
これはこれはと、思わずまじまじと見つめると――榛原アリスが少し赤面した。
「あ、あの、界人君、幾らなんでもガッツリ見すぎ」
「え? ……あ、あぁ、そうか。ごめん」
「いや、別にいいけどさ。グラドルにとってはこれは戦闘服だからね」
榛原アリスは、下半身はスカート、上半身はビキニという格好で立ち上がった。
「よっしゃあ、戦闘服になったらやる気が湧いてきた! 界人君、次はどうするの!?」
「え? ああ、ちょっと待ってくれ」
そこで界人は、右手の手のひらを広げ、小指を水平線に向かって伸ばした。
それを指先が太陽の位置に来るまで繰り返し、頭の中で計算する。
「だいたい、日没まであと三時間と少しぐらい、だな……とりあえず、日没まで水と食料、寝床の確保を優先しよう」
「え、なになに? 今なにやってたの?」
「日没までの時間の計算だよ。広げたそれぞれの指の間隔が大体十五分ぐらいだと仮定すれば、太陽の高度から日没までの時間をだいたい計算できるんだ」
「す……凄いなぁ界人君は。そんなやり方もおじいちゃんから教わったの?」
「そうだよ。山の中では時計なんか見ないからね。……さぁ、まずは水だな」
界人は砂を払って立ち上がった。
一応、流れ着いた丸太を火にくべておくことにする。これであと数時間は火は消えないだろう。
「これから川とか泉とかを探しに行くの?」
「いや……それは時間が足りないな。できれば食料以外の探索は明日に回したいんだ」
「じゃ、じゃあどうするの? あの、やっぱりおしっこ飲むとか……?」
おずおずとそんな事を言った榛原アリスに、さすがの界人もぎょっとした。
「え――!? あ、いや、そんなことは考えてないけど――!」
「あ、ああ、そうなんだ。やっぱり界人君ならそんなこと考えてるんじゃないかと思ってたけど……」
「いやいや、そんなことはさせないって! 人生で一回もそんなことしたことないぞ! 湧き水のおかげで水には困らない一軒家だったんだよ!」
「そうなんだ……ちょっと安心した」
ホッ、と榛原アリスは傍目にもわかるぐらい安堵していた。尿を飲む、ないし飲ませる――俺ってそんなに非常識な人間だと思われているのかとガッカリしつつも、界人は次の一手を考えた。
近くに何かないか、と砂浜を振り返ると――絶好の道具が落ちていた。ダクト工事などに使われている、蛇腹のホースである。
駆け寄って拾い上げ、ホースを束ねている紐を解くと、意外にも五メートルほどの長さがあった。おそらく船のダクトか何かに使われていたらしいホースは、どこにも穴や割れはなく、比較的綺麗なままだった。
しばらく、頭の中に設計図を描いてから――よし、と界人は決断した。
「これさえあればなんとかなりそうだ。海水を蒸留しよう」
「か、海水を蒸留――? そんなこと出来るの?」
「なにもないなら難しいよ。でもここは幸いにして砂浜で、人工物が結構漂着してる。榛原さん」
界人は榛原アリスを見た。
「悪いけど、手伝ってくれるか。俺の言ったものを探してきてくれ」
◆◆◆
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