第8話やるべきことは痕跡の発見
近づいてみると、そこは遠浅の海が広がるサンゴ礁となっていた。
如何にも南国の海と言える美しい光景に、わぁ、と榛原アリスが喝采した。
「凄い……凄く綺麗! 沖縄の海でもこんな綺麗なところないかもしれないよ!」
「やっぱり、この島は凄い……これほどのサンゴ礁が手つかずで残ってるなんて。人の手がほとんど入ってないんだな。これならなんとかなりそうだ」
「それでそれで、どうやって魚を捕るの?」
「そう、それだ」
「うぇ?」
榛原アリスの目が点になった。
「さっきも言ったけど、今は釣具どころか刃物すら持ってない。幾ら俺でも、素手で泳いでる魚を捕まえるのは不可能だ。岩穴に手を突っ込んで掴み取り、なんてのも考えたんだけど、毒を持った魚もいることを考えたら危険すぎる。伊勢海老でもいれば別なんだけど……今日のところは貝拾いだな」
界人の言葉に、榛原アリスが落胆した。
「そうかぁ、界人君なら泳いでる魚を手掴みにするぐらい楽勝だと思ってたんだけど、やっぱりそれは無理だよね……」
「そう、無理なんだ。ここにナイフ一本あれば、流木を削ってなんとか即席の銛にするぐらいはできるんだけどな……」
「そうかぁ。ナイフ、ほしいね……」
「この状況下で刃物がないのは絶望的だなぁ」
思わず界人もぼやいてしまった。
サバイバル状況下では、火と刃物さえあれば、周りの物資を加工することで想像以上に多くのことをカバーできるものだ。
反対に――その刃物がないということは、要するに片腕をもがれたも同然の状況に陥るということでもあるのだ。
そう、刃物。人類がその歴史を作り始めたときから、必ず肌身離さず携帯していたもの。
古くは石をかち割っただけのものが時代を経るにつれてだんだん精巧になってゆき、遂にはほとんど芸術品と言える見事な出来の石斧や鏃を生み出すことになった。
やがて石器の代わりに青銅器が、それを上回る硬度を持つ鉄器、鋼鉄と進化してゆき、人類は文字通り火と鉄で自然を征服するに至ったのである。
だが、ひとたびその「鉄」を失ってしまったら――毛皮も牙も爪も持たぬ人間など、自然界ではごくごくひ弱な存在に終止してしまうのだ。
なんとかして刃物を手に入れたい、手に入れなければ。少なくとも刃物さえあればなんとか――。
考えても仕方ないことを考えていた界人の目に、ふとあるものが飛び込んできた。
酷く折れ曲がっているらしいが、これは間違いなく金属の光沢――思わず歩み寄り、砂に半ば埋もれたそれを丁寧に掘り起こしてみる。
「界人君――?」
榛原アリスの不思議そうな声を背中に聞きながら、界人は慎重に砂を掘った。頃合いを見計らって砂から引きずりあげてみると――思った通り、ボートのアンカーと思われる鉄塊だった。
一体いつの時代からここに埋まっていたものか、アンカーは既に殆どの刃は酷くねじ曲がって折れており、無事な刃は一本しかなくなっていたが、ステンレス製であるらしいアンカーは錆びることもなく、その先端はなかなかに鋭利である。
これじゃあまるでアンカーというよりは鉤針だ――そんなことを思った界人の脳内に、ある光景が思い浮かんだ。
そう、南方の海でのその漁は、漁というよりはちょっとしたレジャーのひとつ。
ちょうどこんなふうな珊瑚礁にでかけてゆき、鉤針を使って行う、伝統的な漁法。
そうだ――これなら、なんとかなるかもしれないし、相手が大物であるから腹も膨れるはずだ。
「よし――榛原さん」
「え、何?」
「ナイフは無理でも、鉄が手に入った。これなら魚は無理でも、なんとかメインの食べ物は用意できるかもしれない」
「え? そ、それで? それ、ボロボロじゃん。そんなもの使ってどうするの?」
「説明は後でする。これから足場に気をつけて海に入って、珊瑚礁の中を探してくれ。探すのは穴と、その入り口にに散らばった貝殻だ」
「え、穴? 貝殻?」
何を言ってるのか皆目わかっていないらしい榛原アリスに向かって、界人は大きく頷いた。
「そう、穴の周りに食い散らかした貝殻があるなら、多分そいつも中にいる。さぁ、俺も一緒に探すから、榛原さんも協力してくれ」
◆◆◆
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