第32話
会場に戻るとFブロックで大浦が失格になった分の繰り上げ戦の開催と、クロワの体調を考慮して本戦の延期がアナウンスされた。
結果的に深層課のメンバーは全員が本戦出場。良い結果なので全員と喜びを分かちい帰り支度をしていると、スタスタと背筋を伸ばしてクロワが戻ってきた。
「わぁぁ! クロワさん!? 生きてる!?」
新が真っ先に気づき、バタバタと慌てながら近寄っていきクロワに抱きつく。
「生きておりますとも。そもそも私は死んだと思われていたのですか……」
「……そんな勘違いをしていたのは結花だけ」
「そうでしたか。皆様、ご心配をおかけしました」
クロワは丁寧に腰を直角に曲げて頭を下げる。顔を上げたクロワは笑顔になると、「さて」と前置きをする。
「全員が予選突破をされたようで何よりですわ。今日は『打ち上げ』というものがあると考えておりますがいかがでしょうか?」
「打ち上げ! いいですねぇ、行きましょうよぉ!」
クロワの提案に新が賛同する。
本来は本戦込みで夕方までのスケジュールだったのだが、それがなくなったことで昼過ぎには終わってしまったので時間の余裕はある。
それに今日は土曜日。休日出勤扱いだが用事が終われば解散。自由時間だ。
「いやまぁ……本戦がなくなったからまだ時間はあるけど……体調はいいのか?」
「はい。撃たれる前より元気ですわ」
「本当かよ……」
「えぇ。怪我の治療をしていただいたヒーラー様樣です」
「ヒーラーって凄いですね。短時間でこんなに回復するなんて。でも、うちの会社って全然いなくないですか?」
新の疑問は至極真っ当。
「そうだな。工事現場の安全確保のための戦闘能力だけあればいいからな。単体で戦闘能力がない人は現場にいづらいし、大規模な工事のときだけ外部に委託する方がコスパが良いんだよ」
「お、大人の事情ですね……」
「適材適所って言うんだよ。まぁ……折角だし予定がない人で行くか?」
普段は仕事が終わったら家に真っ直ぐ帰るので飲み会には参加しない。週末なので保育園は休み。保佳の面倒を見てもらっている水森には悪いがサクッと夕方に解散してお土産を買って帰れば良いだろう。
俺がそう言って参加者を募ると全員が手を挙げた。俺、新、クロワ、柚谷、最上、智山、斯波さん。全部で七人か。
「じゃあ……7人で行くか。店は適当にダンジョンを出たところにあるやつにするか」
「会社の交際費で落ちるんすか?」
最上が良いところをついてきた。
「まぁ……交際費でもいけるんだろうけど手続きが面倒だし奢るぞ。全員本戦出場のお祝いだしな」
俺が相違うと最上と新はスマートフォンを取り出して必死に店をリサーチし始めた。人の金で食う飯はうまいよな。
◆
会場の近くにあり、かつ、ネットの評価が高い、かつ、昼からやっている居酒屋に入店。
座敷に通された俺達は連結されたテーブルを囲う。俺と斯波さんの年寄りが壁際で向かい合って固まった。
「飲み物だけ先に頼むか。ビールの人」
俺が手を挙げながら尋ねる。挙手したのは斯波さんだけ。
「……うめサワー」
「レモンサワーでお願いしまーす!」
「じゃあ俺もレモンサワーで」
「カシスオレンジっす」
「赤ワインをグラスでお願い致します」
こいつら、自由すぎるだろ。
「皆自由ですねぇ。では私も芋のロックで」
斯波さんもビールを取りやめた。こう、みんなでビール! みたいな感じじゃないのがいかにも自由気ままな深層課という感じはする。
「はいはい……」
俺は手元にあるボタンを押して店員を呼び、オーダーを伝える。
飲み物はものの数分で到着し「乾杯!」とシンプルな合図で打ち上げが始まった。
若者達は早速食い物のメニューを開き、各々のオーダーを探している。人の金で食う飯はうまいよな。
それを微笑ましく眺めていると、正面にいる斯波さんが「変わりましたなぁ」と呟いた。
「何が変わったんですか?」
「介泉君が課長になって、こう……自由になったなぁと思いましてね。坂本が課長の時はもっとジメジメして暗い課でしたから。それこそ深層課って名前がぴったりでしたよ」
「あはは……そうなんですね……」
「介泉君も若いのに大変ですよねぇ」
「若くはないですよ……」
若者達は次々と揚げ物や肉をオーダーしていく。お腹に優しい海鮮やサラダがないとおじさん辛いよ? とは言い出しづらくぐいっとビールを煽るのだった。
◆
酒も回ってくると普段の疲れも相まってみんなのテンションがおかしくなってきた。かく言う俺もそこそこ飲んでしまい、結構な上機嫌である。
「ねぇねぇ、クロワさんって……ん!? ちょっと待って!? クロワさん……クロワッサン!? アヒャハハハ!」
新はお誕生日席に座り、全く面白くないフレーズでゲラゲラと笑っている。
「い……意外と新さんって酔うとヤバいタイプなんですね……」
斯波さんの隣りに座っていた智山が色々な意味のこもった『ヤバい』を俺と斯波さんだけに聞こえるように放り込んでくる。
ここで智山の恋心は儚く散ってしまうんだろうか。もう少し抑えてくれ、と心で念じながら新の方を見る。
「あー! 介泉さんが海鮮サラダ食べてるー! アヒャハハ!」
ついに流れ弾が俺の方まで飛んできた。新は立ち上がってふらふらと俺の方へと歩いてくる。
俺の隣りに座っているのは柚谷。多分この間に入ってくるはずだ。
「柚谷……助けてくれ……」
「……ここは渡さない」
「え?」
柚谷は首を横に振り、立ち退きに断固拒否の構えを見せる。
「柚谷さーん、そこは私の場所れすよぉ!」
「……私の場所。予約済み」
柚谷はそう言って俺の腕に抱きついてくる。こいつも相当酔ってるな。
「えー!? でも柚谷さん、ずーっと介泉さんの横をキープしてませんかぁ? 席替えしましょーよー! もしかして……好きなんですかぁ!?」
柚谷はビクッと身体を震わせる。
「……違うし。かちょーはかちょー」
チラチラと俺の方を見ながらそう言うのでなんとも気まずい。
「修羅場っすか!?」
最上がニヤニヤしながら俺たちの方を見てくる。
智山は泣きそうな顔で俺を見てくる。新に興味はないから安心して欲しい。
クロワは……いつの間にかボトルワインを頼んでやがる!
「おっ、おい! クロワ! それいくらするんだよ!」
「庶民的な居酒屋で供される程度の価格ですわ」
こいつが言うとガチで貴族の嫌味だな。
俺は自分の場所から立ち上がり、ワインボトルの銘柄を確認するふりをして場所を移動し、クロワの隣に座る。
「むー! ワイン! 私もワイン飲みます! すみませーん! 一番高いワインください!」
暴走特急の新がワインを追加オーダーする。
「……それをもう一つ」
柚谷もボトルをオーダー。
「ワインがあるところに移動してるわけじゃねぇよ!」
「これって何ハラですか?」
最上が尋ねてくる。
「ハラハラだな。会計がいくらになるか分かんないし」
「おぉ! お上手!」
「本当……普段は一番ヤバそうな最上が一番マトモなんだから酒は恐ろしいわ……」
「えへへ……頼ってもらえて嬉しいっすよぉ……」
最上はポリポリと頬をかきながら照れる。いや、こいつも相当酔っているんだ。普段がひねくれすぎて一周回って素直になるタイプだ、これ。
「介泉課長! 俺はこれからどうしたらいいんですかぁ!」
智山は泣きながら俺にすがりついてくる。
斯波さんは頬杖をついて目をつむり、コックリコックリと船を漕いでいる。
「……かちょー、ワインが来た。飲もう」
「介泉さん! まだ飲めますよれ?」
「課長さん! もっと頼ってくれて良いんすよ! 何でもしますからね!」
「俺はどうしたらぁ……うわぁぁぁ!」
メンバーが順番に俺に寄ってくる。
「カオスですわ……」
クロワはいつの間にか騒ぎから逃げるようにテーブルの端に移動してワイングラスを傾けてそんな感想を呟く。
本当、深層課は自由すぎるぞ。
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