第14話

 踏破した記録を残すため、ダンジョンを出たところにある事務所で手続きを終え、外に出られた時には既に日が傾いていた。


「……今日はありがとう」


 柚谷が手を差し出しながら礼を言ってきた。


「休みを潰したんだ。転職、前向きに考えてくれよな」


 手を取ってそう返すと柚谷は少し照れくさそうに顔を反らした。


「……行けたら行く」


 柚谷は口元だけでニィと笑う。


「それは来ない奴の言い方なんだよなぁ!?」


「……そんな事ない。かちょーは私を受け入れてくれるから」


「そうか?」


「……うん。昔から空気を読むとか人に合わせるとかそういうのが苦手で、気づいたら面倒な仕事ばかり一人でやるようになってた。誰かと一緒にダンジョンを攻略したのは久しぶり。すごく楽しかった」


「まぁ……たしかに独特なところはあるけど、少なくとも空気は読めるだろ」


「……そう?」


「昨日じゃなくて今日にしてくれたわけだし」


「……たしかに。けど、面接が不安」


「今の話をすればいいよ。俺も裏で話は通しておくから。それと……そうだな。ネットワークの知識も少しだけ覚えとくといいかもな。IPアドレスとかNAT《ナット》とか分かるか?」


「……バカにしないで欲しい」


「おぉ! 知ってんのか!」


「……蒸した大豆を藁で包んで発酵させたもの」


「そりゃ納豆だな」


 柚谷は顔をしかめる。


「……西大西洋条約機構」


「それはNATOだな」


「……そもそもIPアドレスって何?」


 ダンジョン探索の実力はあるがITの方はからっきしのようだ。


「今から参考書でも買いに行くか。まぁゆっくり覚えればいいよ。とりあえず面接用に言葉だけでもな」


「……面目ない」


「気にすんなって。後は……面接ならそれ、黒くしとけよ」


 別に客先にでるような仕事ではないので髪形や色は自由なのだが、うちのような固い会社の面接に金髪で来られると印象は良くないだろう。


「……黒か……随分と体育会系。それに戻るかな……」


 面接時に黒髪で体育会系と言われるのは余程今のギルドが緩いんだろうか。


「別にずっとじゃなくていいよ。面接の時だけだから」


「……善処する。それじゃ」


 柚谷はペコリと頭を下げて街の方へと消えていく。


 まぁこれで他所に取られたら仕方ない。俺のやり方に問題があったんだろう。


 確約が貰えなかったのでそんな風に割り切りながら俺も家へと向かった。


 ◆


 一週間後、深層課ご指名で面接のアポが入ったということで会議室へ。


 面接官は俺と坂本部長と人事部の3人だ。履歴書には『柚谷天羽』と書かれている。なんだかんだと言いながらも本当に受けに来てくれたようだ。


「この子、渋谷ダンジョンの60階層をクリアした子だよね?」


「そうですよ」


「じゃ、ダンジョン探索の方は余裕のSランクだね。何なら社内基準ならSSランクかな?」 


「それ、ガチで作るんですか……恥ずかしいんですけど……」


「仕方ないじゃん。役員様の意向なんだからさ」


「はぁ……」


 坂本部長と話しているとコンコンと扉がノックされてスーツを着た柚谷が入ってきた。


 何故か金髪はそのままで肌が物凄く焼けている。この一週間、ずっと海が何処かに行っていたんだろうか、と思ってしまうくらいだ。日焼けも相まってどう見てもただの金髪ギャルだ。


 柚谷と目が合う。いかん。一度話さなくては。


「あ……あのー……ちょっと良いですか? 個別に話がありまして……」


「えぇ? 面接の後で良くない?」


「さ、先に! 二分でいいので!」


「まぁ……良いけど……」


 部長の許可を得て柚谷を廊下へ連れ出す。


「柚谷ぃ……黒くしてこいって言ったろ……」


「……言われた通り黒くしてきた」


「どう見ても金色だけどなぁ!?」


「……そう? だいぶ焼けたけど……」


「焼けたって……あぁ!?」


 もしかして肌を焼いて黒くしてきたってことか? 言われてみたら髪の毛を黒くしろ、と言った記憶はない。


「……この日のため、日サロに通い詰めた」


「すまん……俺の指示の出し方が悪かった……黒くしてほしかったのは髪の毛の方なんだよ……」


「……しっかり。かちょー」


 俺の伝達ミスなんだが何とも納得しきれないところはある。今後、柚谷と話す時は気をつけないとだ。


「まぁ……とりあえず普通に話してればいいからな」


 柚谷はコクリと頷く。部長も緩いし、何かあればフォローすれば大丈夫だろう。


 柚谷と部屋に戻り、向かい合うように座りなおす。


 当の柚谷は椅子の前に立ちペコリと頭を下げた。


「……柚谷天羽です。本日はよろしくお願いいたします――」


 何だ。普通に社会人のフリも出来るんじゃないか。


 金髪ギャルの見た目の割に中身が大人しいからなのか、妙に他の二人も優しく質問を投げかけるような気がしてしまうのだった。

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