第15話
柚谷の面接は問題なく終了。元々出来レースの面接なので、次の役員面接が終われば晴れて合格となる。
人事部の人が「合否は一週間以内に連絡します」と形だけ取り繕って面接は終了となった。
「おぉーい、介泉くーん」
面接の後、慣れないスーツを早く脱ぎたくて自席に戻ろうとしたところを坂本部長に呼び止められる。
「何ですか?」
「あの子、いい子じゃない。Sランクなんでしょ?」
「えぇ、まぁ」
「それでさぁ、近頃は色々とあってね。各組織の男女比を見直せーって上がうるさくて。女性は積極的に採用したいんだよね」
「あぁ……まぁそうでしょうね」
うちの会社は分野がネットワークに加えて現場仕事があるのでどうしても男が多くなりがちな職場だ。深層課に至っては新で二人目というくらいなので、比率はどうしても偏ってしまう。
「で、柚谷さんは入ってもらえるとして、逆に辞められちゃうと困るっていうのも分かるよね?」
「あー……え!? 新は辞めませんよね!?」
「新さん辞めちゃうの!?」
俺が驚くとそれに合わせて部長も驚く。どうやら別の人が念頭にあったようだ。
「いや……知りませんけど」
「なら良かった。それでさぁ……下層課にいる子がそこの課長と揉めちゃってね。ちょっとどうしようかなって」
下層課は30階層から50階層、Aランク相当の階層を担当する課だ。
ははーん。部長の狙いが読めたぞ。
「もしかして……うちに押し付けようって気じゃないですよね?」
「押し付けるなんてとんでもない。最近、ソロでSランクに到達したってくらいの実力者。しかもネットワークの国家資格もベンダー資格もフルコンプリート! どう?」
「カタログスペックは凄そうですけど……」
自分や柚谷を棚に上げる訳ではないが、ダンジョンにソロで挑んでいる時点でまともな人格をしていないような気もする。
部長は有無を言わせない態度で俺の肩を掴む。
「ま、よろしく頼むよ。辞められるとまた男女比が戻っちゃうからさ」
「はぁ……」
「今日から兼務で深層課……といいつつ実質の異動みたいな形にしてるから。お世話よろしくね」
「はいはい。分かりましたよ」
中間管理職に断る権利などない。俺は深層課の新たなメンバーを迎えるためにオフィスへと戻るのだった。
◆
自席に戻ると、深層課の机がある島の付近をウロウロしている見たことがない女性を見つけた。
低い背に大きな眼鏡、ボリューミーな長い黒髪、猫背に目の下のクマ、ダボダボの作業着。どの角度から見ても強烈な陰キャ臭のする見た目だ。
このタイミングで現れたあたり、この人が下層課の課長と揉めた人なんだろうと察する。
「あの……深層課に用ですか?」
俺が話しかけると、その人はゆっくりと俺の方を向いて見上げて来た。
「あ……蛻昴a縺セ縺励※縲よ怙荳翫→逕ウ縺励∪縺」
その人は虚ろな目のまま急に訳の分からない言葉を発し始めた。
「えっ……ん!?」
「あぁ、すみません。自己紹介が文字化けしてしまいました」
「口頭で文字化けを表現していた!?」
こりゃ相当に癖が強い奴が来たな。
「
「あぁ……いやまぁ……そんな事は無いから……深層課課長の介泉だ。よろしく」
「おぉ、噂の変態目隠し課長っすよね」
「嫌な噂の立ち方だな!?」
最上は「フヒッ」と笑う。
「あー……席はそこの空いてるところを使ってくれ。やることもローテーションの組み方も下層課とそんなに変わらないけど後で一通り説明するな」
「あざっす」
最上はペコリと頭を下げる。少し独特だが話せば分かるタイプなんだろうか。まだ距離感を測りかねるところだ。
「おーつかれさまでーす!」
絡み方に窮しているとコンビニの袋を提げた新が戻ってきた。これは僥幸だ。
「おお、新。ちょっといいか。この人は下層課から異動してきた最上さん。最上さん、この人は新人の新。ダンジョン探索もネットワークも勉強中だから色々と教えてやってくれ」
「どもっす。最上です」
「あ……はい! 新結花です! よろしくお願いします!」
新は最上に対してグイグイと距離を詰める。対する最上は「うっ」と声を漏らして後ずさった。どうやら陽キャは苦手らしい。もう少ししたら柚谷も合流するから、そこで組ませたら案外いい感じになるんだろうか。
「なっ、なぜ陽キャはこうもパーソナルスペースを意識せずに侵入してくるのでしょうか……ATフィールド展開!」
最上が両手を伸ばして新に抵抗の意思を見せる。だが新はATフィールドをかいくぐって最上に抱きついた。確かにこれは新の距離感がバグってるだろうと思うが引き剥がす程でもないので横で二人の絡みを眺める。
「最上さんって可愛い〜! 眼鏡取って髪の毛整えたら絶対モテますよ〜! 隠れ美少女ってやつですか!?」
「び……美少女なんて年じゃ……ふひっ……」
「あ……そうか! 先輩ですもんね! し、失礼しました!」
「ま……まぁ……ダイジョブっすよ……」
あまり大丈夫では無さそうだが、ひとまず女性同士で馴染んではくれそうだ。
軽く課のルールを説明しようと思った矢先、携帯電話が鳴り響いた。
「はい、介泉です」
「ダンジョン設備課です! 新宿ダンジョン、深層55階層のネットワーク設備が次々とアラートをあげています! 至急現地調査を願います!」
「はっ、はい!」
緊急事態であることは明白。今日は作業のために人が出払っていてオフィスに居るのは俺達と智山の四人だけ。全員が緊迫した表情で俺を見てくる。
「智山、新、最上さん。仕事だ。55階層の設備があちこち故障してる。多分だけど――」
「モンスターが暴れている?」
新が真剣な顔で尋ねてくる。
「その可能性が高いな。普通はそんなあちこち壊れされるようなもんじゃないんだが……」
つまり55階層に出たモンスターが余程見境なく暴れているか強力ということだ。ここにいるのはAランクが二人と異動してきたばかりの人。俺がなんとかするしかない。
「お前らは鎧を着込めよ。最上さんも、Sランクだって聞いてるけど戦力としてカウントしていいか?」
「当然っす。下層課が嫌すぎて必死にSランクに上げたんで」
「じゃ大丈夫だな。行くぞ!」
俺はスーツのジャケットを脱ぎネクタイを外すと、自席にかけていた作業着に袖を通すのだった。
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