第16話
部下たちを引き連れてやってきたのは新宿ダンジョンの深層。
奥の方から戦闘音がするので、誰かがモンスターと戦ってでもいるんだろうか。
だが、不思議な事にモンスターの気配はそれほどでもない。戦闘しているのは人間同士だろうか。
「うーん……気配的には人間か?」
「分かるんすか!?」
最上がドン引きした顔で俺を見てくる。
「何となくだぞ」
「これが目隠し変態課長の実力っすか……」
「ほら! い、行くぞ!」
ほぼ初対面の人にまでいじられるようになってしまったら終わりだろう。
新が嬉々としてポケットからアイマスクを取り出そうとしていたところを見つけてしまい、俺は慌ててダンジョンの奥の方へと向かっていく。
少し進むと、ずたずたに引き裂かれたケーブルを発見。かなり鋭い切れ味の何かで切り裂かれたように見える。
「うはぁ……
最上が想像しているのは、風に紛れてダンジョンの中を飛び回るモンスターだろう。確かに、通路の中は薄っすらと風が吹き抜けている気がする。
次の瞬間、ダンジョンの中に「バリバリバリバリ! ドーン!」と太鼓を全力で叩いたような轟音が響いた。その音は間近に落ちた雷のようだ。
「ひやぁぁぁ!」
「ぬわーーっっ!!」
大きな音に驚いた新と最上が同時に腕にしがみついてくる。左右の腕で感じるボリューム感に圧倒的な差があり、どうしても視線が新がしがみついている右側へと向いてしまう。
「う、動きづらいんだが……」
「かっ、かかかか、雷は無理ですぅ……」
「ほら、離れろって」
「あうっ」
無理矢理新を引き剥がす。すると今度は左側の腕が引き抜かれかねないくらいの勢いで引っ張られ始めた。
「こっ、腰が抜けました!」
反対側では最上が俺の腕にしがみついている。こいつ、意外と力が強いんだな。
「おま……立てるか?」
最上の前にしゃがみこむと目に涙を浮かべて俯いている。こいつは飄々としているように見えて意外と中身は女子なのかもしれない。
「ひぃん……無理っすぅ……」
そうは言ってもここから動かない事にはどうしようもない。
「……抱っこするか?」
「うっ……そ、それは……しかし立てないっす……」
「なら仕方ないな。後でセクハラとか言うなよ?」
「セクハラとは言いませんが社内のホットラインに通報はします」
「リスクしかねぇな!?」
「冗談っすよ。早く持ち上げてください」
なんだこいつ。膝の裏に腕を回してひょいっと持ち上げる。
「ふわっ! ま、まままま、まさか! これは!? プリンセス抱っこっすか!?」
最上が一人ではしゃぎ始めるが無視して音が鳴った方へと向かう。
「むー。いいなぁ。あ、介泉さん、腰が抜けましたー」
隣から新が俺たちの方を見ながら見え見えの嘘をつく。
「智山、ご指名だぞ」
「智山さんは細いから落とされちゃいそうじゃないですか?」
新はニッコリと笑って智山に話しかける。
「えっ!? あ……その……さっ、先に行きます!」
智山は新と目を合わせると顔を真赤にして先行して進んでいく。まぁ新ならともかく智山なら大丈夫だろう。
それにしても、智山はもう少しアピールしないとこのまま新に舐められ続けるんじゃないだろうか。少しフォローしておくか。
「あぁ見えて智山はめっちゃ強いからな。いじるのも大概にしとけよ」
「はーい。……っていうか地下なのに雷っておかしくないですか? 一体……あ!」
何か考え事をしていた新は思い当たったようにそう言った。
「心当たりがあるのか?」
「はい。昔コラボした事がある配信者で――」
新がそう言いかけたところで前方から一人の人間が飛んできた。
ズシャア! と床を転がり続け、俺達の前で勢いが消えて止まる。
「新、持っててくれ」
最上を新に預けて転がってきた人に近づく。どうやら若い男のようだ。制服らしきシャツの胸元をガバっと開け、襟を立てていてチャラついた雰囲気だが若い時は皆こういうことをしたがるもんだろう。
「大丈夫か!?」
「うっ……」
男の身体にはあちこちに切り傷があり、かなりやられている様子。怪我の形状からして確かに鎌鼬にやられたようにも見える。
「
前方から女の声がしたかと思うと、とんでもない勢いで風が吹き始めた。本来なら見えないもののはずなのだが、大量の塵によって空気の流れが可視化されている。
「ぐっ……」
男を庇いながら、足を踏ん張り、剣を振って風を切り裂く。塵が俺の前を避けるように真っ二つに裂けた。
すぐ脇を風によって吹き飛ばされた智山が通り過ぎていった。南無三。
目に入ったゴミを擦り落としながら前方からやってきた人を視認する。
高校生らしい制服を着た女の子だ。さっきの風はこの子の魔法らしい。ここにいるということはSランクなのだろう。若いのにとんでもない実力者のようだ。
そして、女の子の背後には配信用のカメラが取り付けられたドローンが飛んでいる。
マズイ。この服装で配信に映ったら顔出ししているも同然だ。
俺は慌てて新からアイマスクを受け取り、顔に装着する。
「風を切った……ど、どなたですか?」
女の子が慌てた声で尋ねてくる。
「あー……DNKの――」
「目隠し変態課長!?」
女子高生は悲鳴にも似た声で叫ぶ。もうそれでいいよ。訂正は諦めよう。俺は目隠し変態課長として生きていくんだ。
「そうです……えぇと……」
「風神雷神。チャンネル登録者300万人のカップルダンジョン配信者です」
俺が尋ねようとしたところで隣から新が補足してくれた。さすが元インフルエンサー。こういう人達には詳しいようだ。
「カップル……ってことはこの人が彼氏か?」
「そうですね。
「で……もしかして、天才同士で痴話喧嘩してた訳じゃないよな?」
「そうなんですよぉ! 聞いてください! 翔、浮気してたんですよ!」
戸高が共感して欲しそうにそう叫ぶ。
「だから誤解だって言ってるだろ!」
雷河も負けじと反論する。その瞬間、パチパチと周囲に電流が流れるのを感じた。どうやらさっきの雷は雷河、風は戸高の魔法によるものらしい。
「誤解!? ハッキリ見たんだからね! 他の女と一緒にいるところ!」
「だからあれはダンジョンのボスが勝手に……ちょ、変態課長さんもなんとか言ってやってくださいよ!」
うーん……モンスターが暴れていると思ってやってきたのになんで高校生の痴話喧嘩に巻き込まれているんだ?
◆
『目隠し変態課長!?』
『一瞬顔見えたぞwwww』
『画質悪かったからノーカン』
『なんで真正面から風香ちゃんの魔法を食らって無傷なんですかね』
『A.課長だから』
『マジでこの二人の喧嘩ガチすぎるんだがwwwプロレスっても限度があるだろwww』
『昨日の配信見てなかったのか? 風香ちゃんのキレ方からしてガチだろ』
『渋谷ダンジョンの鏡の部屋だろ? 心の中を全部見られてるみたいでおっかねーわ』
『人のを見る分には面白いんだけどな。彼氏の浮気がダンジョンのボスで判明するとかすげぇ話だよな』
『変態課長! その浮気男に制裁を!』
『制裁制裁制裁制裁制裁制裁制裁浮気浮気浮気浮気浮気浮気制裁制裁制裁制裁制裁制裁制裁』
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