第17話

 痴話喧嘩をしていた戸高と雷河をなだめ、配信を止めさせて二人に対して事情を確認。やはり渋谷ダンジョン60階層のボス部屋で雷河の浮気している姿が見え、その浮気相手がボスとして挑んできた、ということらしい。


「その人が嫌いなものが映る……?」


 俺と柚谷で攻略した渋谷ダンジョン60階層のボス部屋。そこではパリピや陽キャを苦手とする柚谷に対してパリピDJがボスとして出てきた。


 昨日、二人はその部屋に挑み、雷河が別の女の子と歩いている姿が鏡に映し出されたらしい。つまり、どちらかがその姿を見たくない、苦手としていた、ということなんだろう。


「そういうこと。その人が見たくないものを見せつけてくるんだよ、あの部屋は」


「つまり……翔が浮気をしているところを見られたくなかった、あるいはあたしが浮気しているところを見たくなかった……ってこと……」


 戸高は飲み込みが早く、どういうパターンがあったのかをすぐに洗い出した。


「そうだな。ま、そのどっちなのかは分かんないけど」


「相手の女、シン・ユカだったろ? 引退した、仮面をつけてた配信者。あんなおばさん興味ないからな」


 雷河は本当に興味なさそうにそう言う。


「おばっ……むぅ!」


 何故か新が小さく反応して唇を尖らせる。


「なんで新が反応すんだよ……あっ……」


 引退したインフルエンサー。新結花。シン・ユカ。なるほど。新は配信者の時の名前がシン・ユカなんだろう。なんとも安直な名前だ。


「そうすると……あたしが見たくなかった……ってこと? まぁ……雷河が浮気してるところとか見たくないかも……やるなら隠れてやって欲しいというか……」


「隠れてたら良いのかよ!」


 最近の若いやつの感性は良くわからん。由佳だったら絶対に許さないだろうし、化けてでも出てくるだろう。


「ま……まぁとにかく! これで一件落着ですかね!? モンスターが暴れているわけじゃないので、我々はネットワーク装置の修理をしましょうか!」


 高校生の痴話喧嘩にはこれ以上巻き込まれたくないとばかりに智山が仕切り始める。


「そうだな。一応安全確保のために俺と智山、最上と新のペアにして作業するか」


 さっさと仕事を片付けたいので、俺も智山に乗っかる。すると、俺達を引き止めるように戸高が手を挙げた。


「あ……も、もしかしてあたし達の喧嘩で壊しちゃいました?」


 それはそうなのだが、それも織り込み済みのサービスなのでこの二人の責任を問うことは出来ない。あまりに悪質なら別だが。


「あー……まぁ気にしないでくれ」


「気にしますよ! 私達に出来ることありませんか!? 手伝います!」


 戸高が前のめりになって尋ねてくる。


「さすがに高校生に無償で仕事を手伝わせたなんて知られたら後で俺が怒られるんだよ……」


「無償じゃないですよ?」


「え? そうなのか?」


「はい! 目隠し変態課長と風神のコラボ、です! 数字、持ってますよね?」


「まぁ……大したもんじゃないけどな……新、今って公式チャンネルの登録者ってどれくらいだ?」


「50万人ですよ! 突破した記念配信を企画しないとなーって思ってました」


「すごいじゃないですか! なので今度コラボしてください! それがお手伝いの報酬です」


 戸高は目をキラキラとさせてお願いしてくる。


「まぁ……そういうことなら……」


 あまり無碍にするのも悪いので手伝ってもらうことにする。


「やりますよぉ!」


 戸高は握りこぶしを作り、天井に向けて高く掲げたのだった。


 ◆


 工事担当と護衛に別れるため、俺と戸高、智山と雷河、新と最上でペアになり工事を開始。


 派手に引き裂かれたケーブル類を引き抜き、新しいものに差し替える。


「うわぁ……あたし達、結構派手にやっちゃってたんですね」


「そうだな。ま、そんだけ強いってことだよな。そんなに若いのにすげぇじゃねぇか。喧嘩は出来るうちにたくさんしとけよ」


「ポジティブですねぇ」


「まぁな。ケーブル、持っててくれ」


「はい!」


 戸高にケーブルを渡すと、どこか物憂げな表情で受け取った。


「課長さんは何が見えたんですか?」


「何がだ?」


「渋谷ダンジョンの鏡です」


「パリピの天使」


「それは天羽さんですよね?」


「何でもいいだろ」


「えー! 教えてくださいよー!」


 そこに地雷が埋まっているとも知らずに戸高はズカズカと踏み込んでくる。


「死んだ嫁さんだよ」


「あ……」


 地雷を踏んだことに気づいた戸高はシュンとして下を向く。


「ま、だからさ。喧嘩したくても出来なくなる時がくるんだ。ダンジョンの設備を故意にぶっ壊すのはダメだけど、喧嘩はしときゃいいんじゃないのか?」


「そう……ですね」


「なんだよ」


「いやぁ……実は付き合ってないんですよ。私達」


「はぁ!? カップル配信者じゃないのか?」


「ビジネスですよ、ビジネス。付き合ってるって体にした方が配信が面白いしペアでやりやすいんです。プロレスの喧嘩芸も人気ですし」


「そこまですんのかよ……」


「その方が数字が出るんで。浮気云々もガチでそうなったら炎上して人気に傷がついちゃうんで困るんですよね。だから、雷河の事は別に好きじゃないけど、浮気しているところを見たくないんだと思います」


「数字数字って……」


 バズるためなら平気で嘘をつく、もとい、演出をするのだから若いやつは怖い。


 俺もコラボをしたらケツ毛まで毟られるんじゃないかと背筋が凍りついてしまうのだった。


 ◆


 智山と雷河のペアは二人でネットワーク機器を修理していた。


「あ、雷河君。ちょっと機械のここ抑えてもらっていい?」


「あー……壊れるかもしれないっすよ。俺、常に微弱な電気が身体を流れてて機械を触ると壊しちゃうんすよ」


「うはぁ……大変な体質だねぇ」


「そうなんすよぉ!」


 雷河は共感されたことに嬉しさをにじませる。


「そういえばさ、雷河君」


「なんすか?」


「あー……その……すっ、好きな人にどうやってアプローチをしたらいいのかなって。ほ、ほら! 二人って付き合ってるんでしょ? こう……さ! コツとかあるのかなーって」


「こつ……焦らないことですかね。相手がどこを向いてようと、こっちを向いてないなら焦っても意味ないですから」


「こっちを向いて無い……か。そうなんだよなぁ……」


「なんすかなんすか。智山さん、気になる人でもいるんですか? さっきいた人ですか? 新さんと最上さんでしたっけ? 二人共綺麗な人でしたもんねぇ」


「いっ、いいじゃんか誰でも!」


「教えてくださいよぉ」


「ほ、ほらほら! 作業しないと帰れなくなっちゃうから! やるよ!」


 智山は「なぜ初対面の高校生にも舐められた感じでイジられるんだろう」と不思議に思いながら作業を再開するのだった。


 ◆


 最上と新のペア。最上が機械の操作を実演しながら新に作業手順を教えている。


「――で、ここでちゃんと設定してあげないとパケットがループしちゃうと」


「ふむふむ……」


「後、基本的に装置は冗長構成なんで、そこの考慮も必要ですからね。どちらかとの通信が切れたらもう片方にパタン、と倒れるんです」


「ふむふむ……」


「さっきからふむふむしか言ってないですけど本当に分かってます?」


「えっ!? わ、分かってますよぉ……アハハ……」


「ま、いいっすけど」


 最上は一人で作業に戻り、新に見やすいように手元を口で咥えた懐中電灯で照らす。


「新さんは深層課で仕事していて楽しいですか?」


「はい! 楽しいですよ! 夜勤して朝帰りしたり、公式チャンネルで配信したり、たくさんのモンスターに囲まれたり。退屈しないですね」


「それが楽しいと思えるんすね……」


「まぁ一番大きいのは介泉さんのおかげかもしれないです。干渉しすぎるでもなく放置でもなく。丁度いいんですよね」


「なるほど……課長ですか。そういえば、さっきやらかしちゃったんすよね」


「さっきですか?」


「雷が鳴って驚いたときです」


「あぁ……私もすっごいビビっちゃいましたよ!」


「それだけならいいじゃないですか。私なんて驚きすぎてパパスみたいな反応しちゃいましたからね」


 新は最上の発言にポカンとする。


「……パパス? おむつですか?」


「……何でもないっす」


 最上は「通じないのか……」とぼやきながら作業を再開するのだった。

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