第18話

 新宿ダンジョンの深層53階層。いつものように目隠しをしてモンスターを討伐する様子を配信。


 今日はいつもよりモンスターが少なかった気がするので、絵面としては地味だったかもしれない。


 新が「配信終わりましたー!」と声をかけてきたので、目隠しを外して新の方へ寄る。


「どうだった?」


 新は俺の質問に微妙な顔をする。


「うーん……そうです……ねぇ……」


「やっぱり今日はモンスターが少なかったから微妙だったか?」


「あ、いえ! 数の問題というよりは……コンテンツですかね」


「コンテンツなぁ……確かに毎回目隠しをしてモンスターを倒してるだけだもんな。でもチャンネル登録者は伸びてるだろ?」


 かれこれ4、5回ほど配信をして、毎回視聴者数は万単位だし、チャンネル登録者数も伸びている。特に問題はないはずだが。


「伸びてますけどぉ……若干伸びが鈍化しちゃいましたね。ま、良く言えば固定視聴者もついてきましたけど、反面マンネリ化しているっていう側面もあるかなって思うんです」


「マンネリ化なぁ……」


 そもそも毎日のようにダンジョンに潜りネットワーク機器を修理したり探索者を救助する日々がマンネリの極地ではある。まぁ視聴者からしたら関係は無いのだけど。


「というわけでそろそろ投入しちゃいますか? 目隠し変態主任」


「主任……お前、もしかして智山にやらせようとしてないか?」


 新はにやりと笑う。


「よくよく考えたらおじさんが目隠しをして戦ってるだけなんで、やっぱり絵面は地味なんですよね。介泉さんってド派手な魔法とかかっこいい必殺技とか無いじゃないですか。『ナントカ剣!』とか『ホゲホゲ斬!』とか『エクストラスペシャルマシマシソ-ド!』とか」


「お前なぁ……いい年こいたおっさんが必殺技とか名前つけて戦ってるのどう思うよ? 娘に見せられると思うか? そんなところ」


「むしろ子供人気は出そうじゃないですか?」


「『目隠し変態課長』って名前の時点で子供には見せられねぇわ……」


「あはは……とにかくですね! テコ入れの時期……いえ、更なるチャンネルの拡張の時期が来たんですよ!」


「拡張なぁ……その割に目隠しでダンジョン探索ってところは変えるつもりはないんだろ?」


「ま、私達から目隠しを取ったらただの地味な会社で働いてる会社員ですからね」


「そうだよなぁ。でも結局男二人で目隠しして、智山は慣れてないからアワアワしてるだけだろ? それもどうなんだよ。もっと適任なやつがいるんじゃないのか?」


 俺は自分が付けていたアイマスクを新に差し出す。


「えっ……わ、私ですか!?」


 新はそれだけで俺の意図を察したようで目を見開いて驚く。


「カメラは自動追尾してくれるからぶっちゃけカメラマンは要らないだろ?」


「う……とりあえずやってみますか。出来るかなぁ……」


 新はブツブツ言いながらもとりあえずアイマスクをつけてくれた。なんだかんだでノリノリなんだよな、こいつ。


「わっ! こ、これガチで見えないんですね」


「イカサマはしてないからな」


「分かってますけどこれは……ぎにゃっ! へっ!? い、今私ってどっち向いてます!?」


 視界が無くなった新は両手を伸ばしてバタバタさせながらその場でクルクルと回りだした。


「こっちだぞー」


 新は俺の声だけを頼りに方向を探り、俺の方を向いてぴたりと止まった。


「こ、こっちですか?」


「正解。センスあるんじゃないか?」


「目隠しで歩くセンスって何ですか……」


 新は文句を言いながらも最初の一歩を踏み出した。ゾンビのように両手を突き出したまま。


「なんて歩き方だよ……」


「こ、怖いんですって! お、おおおお、落とし穴とかあるかもしれないじゃないですか!」


「あるわけ無いだろ……ほら、俺の方まで来てみろよ」


「はっ……はい!」


 新は落とし穴なんて概念をすっかり忘れたように勢いよく走り込んでくる。全くもって俺との距離感を分かっていないというのに。


 当然、減速をすることなく新は俺にぶつかる。身体が軽いので倒れずに抱きとめることに成功。


「ぎにゃっ!」


「おまっ……」


「おっ……このくらいですかぁ」


 俺の腕の中なのに新は楽しそうに呟く。


「何がこれくらいなんだよ」


「距離感、測ってたんですよ」


「じゃあ大失敗だろ……」


「次はうまくやりますから。ほら、離れてくださいって」


 なぜか新の方からぶつかってきたというのに俺が離れて距離を取る。


 数メートル離れたところでまた新に「いいぞ」と声をかけた。


「おっ……こっちですか?」


 新は俺の方を向いてまた全力ダッシュ。またぶつかるかと思ったが、俺の前でピタリと止まった。


「介泉さん、います?」


「あぁ。ここにいるぞ」


「やった!」


 アイマスクをして隠れているが、口だけでも喜んでいることが十分にわかるほど新は喜ぶ。


「もう一回! 完全に理解しましたから!」


「はいよ」


 今度は少し長めに距離を取り、新に声をかける。


 すると新は明後日の方向を向いてしまった。


「こっちですよね!」


「ん? ……マズイ!」


 新が明後日の方向に向かって走り始める。


 その向こうには一体のモンスター。オウムの頭を持った人型のモンスターで人の声を真似して誘い出すタイプのモンスターだ。明らかに呼ばれてはダメなやつに呼ばれてしまっている。


「新! 止まれ!」


「え!? な、なんでそっちに……ぎにゃっ!」


 モンスターと接敵する直前に新に追いつき、抱きかかえて一回転。


 回転の勢いを使ってモンスターを一刀両断。上下で真っ二つに分かれたモンスターはその場で悶えながら消えていった。


「今のモンスター……課長が痔で悶絶している時みたいな泣き声を出してましたね」


「俺は痔じゃないからな。それに泣かないよ、俺は。泣く日は決めてるからな」


「へぇ……あっ!」


 新は俺に抱きかかえられていたことに気づくとぱっと離れる。


「あ……ありがとうございました!」


「気をつけろよ……」


「はい! じゃあ早速行きますか! 下層!」


「いっ……今から!?」


「今日は打ち合わせとかないですよね? 1時間くらいでサクッとやりましょうよぉ!」


「まぁ……良いけど……」


 こいつ、引退したとかなんとか言ってるけど絶対配信好きだよな。


 ◆


「はい! というわけでテスト配信でーす! ヤマダでーす。今日は下層に来ています!」


 カメラの前で目隠しをして立っているのはヤマダこと新。オフィスから誰かを呼び出すことも忍びなかったので俺がカメラマンだ。


「今回は課長がカメラ役だぞ」


 俺がそう言うとコメント欄がざわつき始める。


『課長はまだ目隠ししてるの?』


「カメラマンで目隠ししてたらおかしいだろ!」


『目隠しした若い女の子をおじさんが撮影してるってこと?』


「事実だけど書き方一つで如何わしくなるな」


『ヤマダちゃんスタイルいい! 可愛い!』


 こういうのは拾わないようにしておこう。後で本人に伝えればそれで十分だ。


『AV撮影?』


「AVの撮影じゃねぇよ! っぽいけど!」


 なんでこの配信のリスナーはこんなに目隠しフェチが多いんだ。


「あの……課長。そういうコメントは拾わなくていいですから」


「あ……そうだな。すまんすまん」


 危ない。企業名を背負った公式チャンネルなのだった。お上品にいかなければ。


 初のカメラマン兼進行役に緊張しながら新の目隠し配信が始まるのだった。

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