第13話

 柚谷に「ドリアードに捕まるな」なんて言ったことを後悔した。


 彼女は名前に負けず劣らず、天使の羽を持っているかのようだ。重力を感じさせないほど軽やかに動き回る。


 そして、大きなモンスターの背中に立つと、死神のように無表情なまま両手鎌を引き上げ、返り血を浴びることをものともせずに一撃でモンスターの首を刈り取る。


 以前会った時は、本当に睡眠不足によってパフォーマンスが落ちていたんだろう。今日はその面目躍如とばかりに躍動していて、未踏破階層だというのに俺の出番が殆ど無い。深層課にいてもトップクラスの実力であることは疑う余地がない。


 武器についた血を拭った柚谷がテクテクと寄ってくる。


 色味の薄い金髪や白い肌はあちこちが赤く染まっていて、中々強烈なビジュアルだ。


「……合格?」


「あ……う、うん。良いんじゃないか? 踏破は別としてめちゃくちゃ強いことは分かったよ。だけど気になるんだよな。さっきからどこかでドゥンドゥン鳴ってないか?」


「……分かる。この音は嫌い」


 柚谷は顔を歪めて不快感をあらわにする。ダンジョンに響いているのはEDMのような重低音。『深層でDJやってみた』なんて馬鹿な企画をしている人がいるわけはないだろうけど、大きな音を出す、というノウハウを悪用して炎上しないかと老婆心ながら心配になる。


「まぁ……とりあえず様子だけみて帰るか」


「……陽キャ……死すべし」


「こえぇよ……」


 本当に死神と化しそうな柚谷とダンジョンの奥へと向かう。


 やがて大きな扉の前に辿り着く。音の出どころは明らかにこの中。そして、これは階層のボス部屋と思しき場所だ。ダンジョンの階層はボスを倒すことで踏破したことになる。


 つまり、この奥にいる音の主なのか、何かを倒せば良いということだ。


「ついでに挑んでみるか?」


 ここを踏破すれば明日には61階層の回線工事の依頼が入ってくるだろう。会社の売上にも繋がるので悪くない。


「……行こう」


 ドゥンドゥンというリズムに首だけで合わせながら柚谷が頷く。


「ノリノリじゃねえか!」


「……入ろう」


 柚谷は俺のツッコミを無視して扉を開ける。


 部屋の中はまさにクラブ。ミラーボールは光を乱反射し、壁沿いに張り巡らされたネオン管は『Dungeon』と書かれていて、それが絶妙なダサさを醸し出している。


 部屋の奥にはDJブースがあり、白い羽を生やした男がDJをしていた。


 モンスター達はフロアに集まり踊り狂っている。


 なんなんだこの空間は!?


「YO!!! 来たのかよ、メーン?」


 DJは俺達に気づくとサングラスをかけてこちらを見てきた。パリピみたいだがカールした短い金髪と羽が相まって天使のようにも見える。パリピ天使か? 少なくとも人型のモンスターで言葉も操れるようだ。


「お前がボスか?」


「ボス!? ハッ! 俺はパリピエルだよメーン! 踊ってねぇ夜? 知らねぇよなぁ!?」


 駄目だこいつ。言葉はわかるけど会話が通じないタイプのやつだ。


 隣を見ると柚谷がブルブルと身体を震わせていた。さっさと戦いたくてうずいているんだろう。


「なら悪いけど戦わせてもらうぞ」


 パリピエルは「ノマノフ」と書かれた瓶の飲み物を一気に煽る。


「シャッ! シャッ! シャッ! シャッシャッシャッシャッ! イェェビバーディ!?」


 パリピエルが片手を掲げると、スピーカーからより一層大きな音が鳴る。それを合図にモンスター達が俺の方を向いてきた。


「……キツイ」


 大鎌を支えにして柚谷が前かがみになる。


「大丈夫か?」


 柚谷は首を横に振る。気分が悪くなりそうなクソデカボリュームなので仕方ない面もありそうだ。


「……なんとか」


「ま、無理はすんなよ」


 大きな音にお引き寄せられていたのか、多様性に富んだモンスター達が襲い掛かってくる。


 第一波を退けようと前に出たらすぐに柚谷も追いついてきた。


 半分は任せても平気だろう。俺は右半分の集団に向かって突っ込み、一体ずつ確実に仕留めていく。


 チラッと柚谷の方を確認すると、自慢の大鎌で複数体のモンスターをまとめて刈り取っていた。これだけ動けるなら十分に合格ラインだ。


 あっという間に集まっていたモンスター達を平らげ、二人でパリピエルの前に立つ。


「メッ……メーン? 俺達ダチだろ? ジモトじゃ負け知らずだろ?」


 パリピエルはステージから降りるとヘコヘコしながら俺達の前にやってきた。


「お前の地元がどこか知らねぇよ……」


「メーン」


 閑散としたフロアを見てしょぼくれているパリピエル。なんだか気の毒に思えてきたぞ。人型のモンスターはこんな風に情が湧きやすくなるので厄介だ。


「……倒さないとダメ?」


「まぁ……こいつが負けを認めてるなら踏破扱いにならないこともないだろうが……ダンジョンの判断次第だな」


「メーン……」


 なんかこいつ可愛く見えてきたな。


「じゃ、引き上げるか」


「隙アリィ!」


 俺が背中を見せた瞬間、背後からパリピエルがそう言って襲い掛かってきた。振り向きざまに一閃、パリピエルの身体を切り裂く。


「メーン……」


 まぁモンスターはモンスターだ。結局こうなる。


 パリピエルが倒れた瞬間、壁にヒビが入り、ガラガラと音を立てて崩れていく。クラブのフロアだった部屋は大きな鏡張りの部屋に早変わりした。


「なっ……何だこれは……」


「……鏡?」


 鏡の壁に近づくと、背後に由佳が現れる。慌てて振り向くとそこには誰もいない。


「なるほどな……多分、この部屋のボスは自分の苦手なものが出るんだろうな」


「……陽キャは怖い」


「ま……俺じゃないだろうから柚谷のイメージだよな」


 入る人の内面を映し出す部屋。なんとも配信映えしそうな場所だ。明日からまた人が増えそうだ。回線トラブルも増えそうなので良いことばかりではないが。


「そういえば配信してたんだっけか。どうだ?」


 柚谷がスマートフォンを操作するとギョッとした顔を見せる。


「……10万人」


「え?」


「……じゅうまんにんがみてた」


「じゅうまんにん」


 二人して語彙が無くなるほどの衝撃を受けるのだった。


 ◆


『ひさびさ〜』


『あれ? 天羽さんの隣の人、例のおっさんじゃね?』


『剣と防御力ゼロの服装。っぽいわ』


『コラボかな?』


『天羽さん相変わらずつえぇ……』


『これ階層ボスの世界初お披露目ある?』


『ありえる』


『アリエル』


『パリピエル』


『なんだよこいつwwww』


『意外とこういうやつが強いんじゃないの?』


『というかこの二人が強すぎて参考にならんぞ』


『人増えてきた? いつも数百人なのに万単位で人がいるぞ』


『世界初だし』


『【悲報】パリピエルさん、弱い』


『いや、マジでこの二人だと参考にならんwww』


『え? 人によって違うボスが出てくるってこと? そんなボスこれまで見たことないんだけど』


『ここ、これから配信で流行りそうだな』


『メーン』

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