第12話

 休日の朝、目覚ましアラームはかけていないはずなのにスマートフォンがけたたましく鳴り響く。


 流れているのは『天国と地獄』。いや、これは目覚ましアラームではなく会社携帯に電話が来た時の音だ。休日にかかってくる理由があるとしたらネットワークの障害発生。


 折角なのにマジかよ……と思いながら、保佳を起こさないようにベッドを抜け出し、リビングで電話に出る。


「はい。介泉です」


「……かちょー?」


 おかしい。いつもなら真っ先にどこで障害が発生したのか案内があるはず。緩い声で「かちょー?」なんて言っている場合じゃないのだから。


「あー……誰ですか?」


「……柚谷」


「ゆず……あぁ!」


 前にダンジョンで助けた柚谷さんか。


「……覚えてる?」


「そりゃまぁ……で、何の用ですか?」


「……折り入って相談」


「もしかして、転職する気になりました?」


「……気になってはいる。けど会社名で検索したらサジェストにブラックって出てきた」


「そんなのどこでも出てきますから……」


「……言えてる。じゃ、合格?」


「これまでの会話のどこに合格する要素が……紹介は出来るけど、ちゃんと手続きを踏まないといけないんで。というか面接ありますけど話せます?」


 よくよく考えたらこっちが敬語なのに最初っからタメ口だし、やけにローテンションだしで面接で落とされるんじゃないかとすら思えてくる。


「……顔パスは無理?」


「無理ですよ。というかダンジョンで会ったとはいえ、どれだけの実力なのかも分からないですし」


「……実力を示す。午後14時に渋谷ダンジョンにて待つ」


「今日ですか?」


「……今日」


 なんで娘と過ごす休みの日に呼び出されにゃならんのだ。今日は保佳を水族館に連れて行く約束をしているというのに。俺が「すぅーっ」と息を吸うと何かを察したように「……やっぱ明日でいい」と撤回してくれた。


 それに保佳の世話のために水森を当日に呼び出すのも悪いので明日の方が何かと都合がつけやすい。


「調整がついたらまた連絡しますね」


「……承知。忙しいところ申し訳ない」


 じゃあ休みの日に電話をかけてくるなと。


 柚谷さん、本当に大丈夫なんだろうか。彼女から、ほのかな社会不適合者の匂いを感じながらも水森に連絡を取るのだった。


 ◆


 翌日、やってきたのは渋谷ダンジョンの深層60階層。どことなく新宿ダンジョンよりもギラギラした雰囲気を感じる場所だ。何故かうっすらとEDMのような音楽が聞こえるのも場所柄だろうか。


 渋谷ダンジョンの踏破記録が59階層なのでここはまだ未踏破の場所だ。つまり、難易度はとんでもなく高い場所。


 それにも関わらず柚谷さんはカフェに行くかのようなカジュアルなTシャツにジーンズ、キャップという出で立ちで現れた。


「それ……危険ですよ」


 俺も普段着なので人のことは言えないのだけど。作業服でダンジョンをウロチョロしていたらあまりの身軽さに、鎧なんて身に着けていられるか、となってしまったのだ。


「……かちょーリスペクト」


 柚谷さんはニヤリと笑ってそう言う。こりゃそのうち『鎧を着ろ』と会社にクレームが来るかもしれんな。


 目を引くのは服装だけでなく、脇に立てている死神のような大きな両手鎌。これが彼女のメインの武器のようだが、赤々と輝いている刃の部分が中々に不気味な武器だ。


 亡くなった妻の由佳は大きな片刃斤を使っていた。それを思い出して少しだけ頬が緩む。


「まぁ、良いですけど。こんなところで何をするんですか?」


「……未踏破階層をクリアする」


「実力を証明するために?」


 柚谷さんはコクリと頷く。


「無茶しすぎないでくださいよ。柚谷さん――」


 俺が名前を呼んだ瞬間、柚谷さんは自分の背丈程もある両手鎌を片手で軽々と持ち上げて俺に向けてきた。重たいだろうに一切ブレていない。なるほど。線は細いが力はあるようだ。


「……天羽と呼ぶこと。この瞬間から私達は互いに命を預け合う仲間。敬語も要らない」


「分かったよ。じゃ、行くか。天羽」


 俺が名前を呼ぶと顔を赤くして顔を逸らした。


「……やっぱり柚谷と呼ぶこと」


「どっちだよ……」


「……そうだ。配信してもいい?」


 今日はプライベートでのダンジョン探索なので、顔出しでも会社にどうこう言われる筋合いはないだろう。


「良いけど……普段もしてるのか?」


「……休みの日だけ。仕事の時はしない。規則が面倒だから」


 柚谷はそう言って配信用のドローンを起動。


「……さてと。かちょー、ぶちかまそう」


「今日はドリアードに捕まんなよ……」


 彼女のローテンションぶりに不安と頼もしさを感じながら俺達はダンジョンの奥へと向かうのだった。

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