第11話

 初配信の翌日、俺はとある会議室に呼ばれた。呼び出しの名目は『昨日の配信について』。明らかに良くない呼び出しなので緊張した風を装って会議室に入室。


 既に俺以外のメンバーは揃っていたようで、ダンジョン事業部の坂本部長や広報部の小鳥遊さん、他にも役員クラスのおじさんが何人も雁首を揃えて座っていた。全部で20人はいるだろうか。


 あー、これはマズイぞ、と直感して背中を冷や汗が伝う。


 俺が席につくと、坂本部長が申し訳なさそうな顔を俺に向け、立ち上がって全員を見渡した。


「さて……揃いましたかね。本日ですが、動画配信サイトにあるDNK公式チャンネルでの配信について、視聴された方々から叱咤激励のお言葉を頂戴している状況で、そちらの対応を検討する会を設けさせて頂きました」


 役員は開始1分で早速狸寝入りを始める。まぁ検討は下々の者ですれば良いのだから仕方ない。


「頂いているお言葉は大きく分けると2種類です。一つ目は『配信の中でモンスターを集めるために大声を出していたが、模倣して周囲の人にモンスターを押し付けるいらずらが流行るのでは?』というご意見です。もう一つは『4人以上を推奨しているところに実質一人は危険なのではないか?』という指摘です」


 俺以外の全員がもっともだと言いたげに頷く。


「同感です。そんな悪戯が流行るとダンジョン内が危険になりますし、緊急の救難要請が増加する事が想定されます!」


 知らない人が訳知り顔でそんなことを言うとこれまた他の人も頷いた。


 ははーん。やっぱりこれは炎上しかけている原因を俺に擦り付ける会だな? と暗に趣旨を察する。


「すみません。深層課の介泉です。皆さん、ダンジョンに潜られた経験はありますか?」


 手を挙げたのは20人いるうちの2人だけ。


「お二人ですか。ちなみに階層は?」


 1人は「3階層」、もう一人は「6階層」と答える。なんだ初級クラスじゃないか。


「まず、モンスターを手っ取り早く集めるために大きな音を出すことは探索者の中では常識です」


「しかし、今回の件は悪用されたら、という話では?」


 3階層の人が屁理屈をこね始めた。


「悪用も何もモンスターの習性がそういうものなんですから……いたずらのために悪用した人が叩かれるならまだしも、それを広めたなんて理由でうちの会社に言いがかりをつけてくる人には毅然と対応すべきかと。熱した油を使った実験の様子を配信して『高温の油で火傷するなんて知らない!』と言われているようなものですから……」


「しかし……多くの人が危険に――」


 3階層の人はまだ折れない。


「3階層にいった時、人の数はどうでしたか? 一人になれる場所はありましたか?」


「いや……ありませんでしたね……」


「そういう事です。上の階層……少なくとも深層より上は人が多すぎてちょっとやそっとじゃモンスターが一人に対して集まるような事にはなりません。深層では確かにそういう場面は起き得ますが、それは4人以上での探索をきちんと順守していれば事故は防げます」


「そっ、そもそも四人以上での探索となっているのに一人はマズイのでは!? 会社がブラックだと思われるではないですか!」


 痛いところを突かれてしまった。


 それはそうなのだけど、深層課はまだそんなに人材が充実していない。俺や他の人はSランクといっても深層探索をかなりやり込んでいるため仕方なしに一人でやっている背景がある。


「それは――」


 俺が話し始めた途端、坂本部長が隣から割り込んできた。


「現状が良いとは言えません。ただ、Sランクの実力がある人であれば、5大ギルドやフリーの探索者稼業をする事が多く人が集まらないんです。特にうちはダンジョン探索に加えてITの知識が求められる。それなら最初から探索だけを仕事にしよう、と思うのが自然ですし、そういう状況を是正するために今回の施策があるものと理解しています」


「しかし……外部への説明が……」


 坂本部長が俺に「言ってやれ」とばかりに俺を見て来た。


「あー……そもそも深層をまるっとSランクとしている政府の区分が良くないんです。ダンジョンの難易度の上がり方のイメージでは線形ではなく指数関数的です。50階と55階と60階ではまるで別世界なんですよ。正直、私や先端の70台の階層で戦える人からすると50階層はそこまでです」


 俺が普段感じている事を素直に告げる。「それなら――」と狸寝入りをしていた役員が急に割り込んできた。


「社内の独自基準としてSSランクを作ったらいいんじゃない? 課長はそこ相当なので単独行動が許されていることにしたら?」


 さっきまで方針で揉めていたはずの全員が「こいつは何を言っているんだ?」という意見で統一されて役員を見る。


「え? な、何か変な事言っちゃった? 別に社内基準だからって言えばよくない? 実際、一番改善したかった求人応募件数はかなり上向いてるでしょ。週に数件だったのが、今日だけで30件の応募が来てる。内7割がAランク相当の探索者。採用に関しては確実に好影響だよ。介泉課長、今後も頼みますよ」


 目的の成果は出ている、という役員からのぐうの音も出ない言葉に一同が黙り込む。


「えぇと……ではダンジョン内での大声については既に探索者の中では常識である事と悪戯を推奨する動画ではないと案内する事を明確に案内する、と。ダンジョンに入る際の人数については社内制度を見直す……という方向でよろしいですかな? こちらについては人事部主導ですかな。ダンジョン事業部は協力はさせていただきますので」


 坂本部長がさっさと話をまとめにかかる。


 役員の鶴の一声があるので逆らおうという人はいない。役員からの助け舟によって、俺が怒られるはずの会議は思わぬ方向でひとまずの結論を見つけたのだった。


 ◆


 少し残業をして家に帰ると保佳と水森が食卓に座って仲良く夕飯を食べていた。


 保佳は俺を見つけると「めかくしへんたいかちょー!」と笑顔で呼びかけてきた。水森はそれを苦笑いしながら見ている。


 愛娘にこれで呼ばれるのはキツイな、と思いながら「あれはパパじゃないぞ」とバレバレな嘘をつきながら食卓に座るのだった。

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