第9話
遂に初配信を迎え、やってきたのは深層の入口である50階層。
メンバーは俺とカメラマン兼ディレクター兼ナビゲーター役の新の二人だけだ。
配信前の決め事は2つ。新や視聴者のコメントでどれだけケチョンケチョンにイジられてもキレないこと。それと、名前を名乗らないこと。
前者は視聴者から親しみやすくするためで、後者は身バレ防止、特に保佳の事を考慮してのことらしい。元インフルエンサーらしいアドバイスだと思った。
「じゃ、初まったら私がアイマスクを渡しますね。それをつけたらカメラの方を向いてください」
「はいよ」
「じゃ配信始めますね。もう待機時点で5000人が見てますよ!」
「すげぇな……」
会話は一度そこで途切れ、背後で新がカウントダウンを始める。
「課長! アイマスクです!」
配信用なのかいつもより1段階高い声を作った新が話しかけてきた。
声と同時に横からアイマスクが差し出されてきた。
バラエティ用の眼力が強くなるタイプのアイマスクだ。こいつ、やりやがったな。
「おまっ……これかよ……」
「会社の規則で配信の際は顔出しができないんです。なのでこれで顔を隠してくださ――ぶふっ」
新が台本を読み終わる前にアイマスクをつけて振り向くと吹き出す声が聞こえた。そんなに面白い感じになってるのか?
「おっ……か、かっこいいですよ……ぶふっ……」
「面白いんだな。ってか今更だろ。顔割れてるし」
「まぁまぁ。規則ですから……ふふっ……えーと、ではでは! DNK公式チャンネルでーす! 私達は深層エリアの回線工事や緊急時の救助を担っているDNKダンジョン事業部深層課でーす! わー!」
盛り上げようとしているのはわかるが、ここには俺と新の二人しかいないので最後の「わー!」が虚空に響く。
とはいえ新の配信者らしいテンションには驚かされる。さすがに素人の俺にはここまでの空元気は無理だ。
「で、今映っている人が課長です。撮影者は新人のヤマダです!」
こいつ、唐突に偽名を使い始めやがった。
「今日はですねぇ、深層50階層の回線工事が午後にあるんですけどぉ……工事の前には安全のためにモンスターをある程度片付けて置く必要があるんですよね? 課長」
「あ、あぁ……そうだな。安全が何より大事だからな。工事中にモンスターに襲われるリスクを下げるために事前にモンスターを減らすんだ」
「はい! というわけで今からその事前準備のモンスター討伐をしましょうか。目隠しで」
「……目隠しの意味は?」
「会社の規則で顔出し配信NGなんです。で、手頃な顔を隠せるアイテムを会社で探したらこれしかなかったと」
「まぁ……仕方ないな」
随分適当なストーリーだな、と思うけど話の腰を折るので言わないでおくことにする。
「はい! じゃあ早速張り切ってやっていきましょうか!」
「そうだな。ここは狭いからもっと広いところでモンスターを誘き寄せて戦うぞ」
「移動、目隠しでいけますか?」
「いけるわけねぇだろ!」
「本当に?」
「まぁ……壁伝いなら」
両手を伸ばしてアイマスクを付ける前の記憶から壁の位置を探る。ひんやりとした石の壁に手をつき、そこからはこれまでの探索や工事の記憶を頼りに道を進む。
「こっちだな」
「えっ……もしかして全部の道を覚えてるんですか?」
「そりゃな」
「い、1階層でドズニーランドより広いって言いますけど……」
「仕事場の場所くらい覚えてるもんだろ。後はそこの配線図もな。この通路にある配線は上の階層と繋がる線が通ってるんだ。で、反対側の壁に箱みたいなものがついてるだろ? あれが無線を飛ばす機械だな。探索者の人によく壊されるんだよ。ま、一個くらいなら壊れても回線は切れないように設計はされてるけど、壊されないならそれに越したことはないよな」
「はえぇ……」
しまった。話題に困るとつい仕事の話をしてしまう。
「あ……い、いい天気だよなぁ……」
「ここ、地下ですけど……」
話すことがなくなり沈黙。
頭の中の地図だとモンスターをおびき寄せる広場はもうすぐなのでひとまず繋がなくても良さそうではある。
俺は目隠しをしたまま広場の真ん中へ。
「物陰から撮影してますね」
そう言って新が離れようとする。
「いや、離れない方がいいぞ。逆に危ないからな」
「あ……分かりました。ここからどうするんですか?」
「まぁ……デカい音を出せばそれにつられてモンスターがやってくる。叫んだりとかな。ヤマダ、得意だろ?」
「まっかせてくださいよ! リスナーさんも、ボリューム調整しててくださいね……3……2……1……ああああぁあああああああああああ!」
新の絶叫がダンジョン内に響き渡る。
すぐにドドドドドとモンスター達の足音が聞こえてきた。
「わっ……わわっ……深層のモンスターが大量に来てますよ……」
「右の通路からはハイゴブリンロードが20……いや、30か。んで左側からはドレイクゾンビが35、正面の通路はバジリスクが40、後方は……コカトリスが5体か? 普通、出るのは60階層以降のはずなんだけどな……」
「おっ……おおおお、落ち着きすぎじゃないですか!? 合わせて……えぇと……110体のモンスターってことですよね!?」
「足し算できるのも十分冷静だろ……」
慌てているのか冷静なのか分からない新の位置を探るため少しだけ自分の方へと抱き寄せ、剣を構えるのだった。
◆
『配信始まった!?』
『↑フェイクニュース』
『はよー』
『キターーー』
『はじまた』
『今日も2980円の作業服ですね』
『目隠しダサすぎるwwww』
『なんで目隠ししてんのに場所分かんだよwwww変態すぎるwwww』
『え? そもそも深層で一人??? 目隠しして戦うの??? 無理すぎない???』
『いくら50階層とはいえ、Sランクでも死ぬでしょ。普通4人以上での探索推奨でしょ?』
『これ見て真似する人出ませんかー? 企業の人が公式でこんな配信して大丈夫なんですかねー??』
『誰も真似できない件について』
『それな』
『※音量注意』
『うるせぇwwwww』
『モンスターめっちゃ来てない? 音すげぇんだけど』
『だからなんで目隠ししてんのに数と種類まで分かるんですかね』
『目隠し変態課長』
『↑ただの変態なんだが』
『変態な課長が目隠しをしているだけだが? 何かやっちゃったか?』
『これからやらかしそう……コカトリスって3匹でSランク探索者のパーティを病院送りにしまくったって……』
『ヤバくね? それが5体だろ?』
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