第8話
新、智山と3人で会議室を使った遅めのランチミーティングの開始。
お題は会社の公式チャンネルでの企画案だ。オブザーバーとして智山も参加しているが、裏の目的は新と話すきっかけを作ってあげること。お節介なんだろうけど。
新は資料の1ページ目を投影する。『DNK公式チャンネルにおける企画案の前提』というタイトルだ。資料には知らない配信者のチャンネルのスクリーンショットが貼り付けられている。
「えーと……今回は会社の広報戦略の一環なので、一旦ターゲット層はあまり絞らずに考えています」
「そうだな」
「でー、配信の企画案なんですけど、単純にSランクレベルの人がダンジョンで暴れているだけの配信だと視聴者は増えないかなって思います。このスクショはフリーのSランク探索者のチャンネル登録者数です。普通にダンジョンで戦ってるだけの配信ばかりで5000人くらいなんですよね。強いけど、それだけじゃバズらない。要はそれなりに目を引く企画が必要なんです」
「それもそうだよな」
「はい! というわけで介泉さん、やっぱり目隠しをしてダンジョンに潜ってもらえますか!?」
「結局それかよ!」
「アハハ……でも分かりやすいんですよね。介泉さんがすっごく強いことは分かります。けど、動画で見た時に他のSランクの人と何が違うのか? ってなるから、インパクトのある……こう……変態的なまでの強さを見せつけないといけないんです! 五感を縛るってわかりやすくないですか?」
「なるほどなぁ……まぁ……五感の中で一番きつそうなのは目か」
「匂いや足音でどんなモンスターが来てるか当ててくれても良いですからね」
「そんな事出来るかよ! ……いや……まぁ出来なくもないか?」
「出来るんですか!?」
「やってみないと分からんな。まぁ……とりあえず軸は目隠しダンジョン探索なんだな。そこでキャラ付けして他の企画に派生していくと」
「そういうことです! ちなみに私はナビゲーション役で声だけ出演します。で、何回か配信して見てくれる人が増えてきたら深層課の人も一緒にやってもらおうかなと」
新はニッコリと笑って智山を見る。智山は顔を赤くして顔をそらした。いや、照れてんじゃねーよと。
「智山にも目隠しさせんのか?」
「ダメ……ですか?」
新は顎を引いて智山に上目遣いの視線を送る。
「やっ……やります!」
智山は力強くそう宣言する。こいつ、チョロいな。
「まぁ……方向性は理解したよ。あと2つだけ確認な。KPIと目隠しをする必然性だ」
「KPI……? でもそれって広報の人が考えることじゃないですか? 私達のやるべきことは会社のPRの協力ですよね?」
こいつ、縦割り組織の何たるかを分かってきてるな。
「ま、それはそうなんだけどさ。一応やる側としても目標は持っとかないとな。チャンネル登録者数とかにしとくか」
「はい! じゃあ……500万人にしましょう!」
「……それ、いけんのか?」
新は口を開かずに微笑むだけ。
「ま……いっか。どうせ上のおっさん連中は何言っても分かんないだろうし」
「そうですね。2つ目の質問って何でしたっけ?」
「目隠しの必然性だよ。隠しをして大道芸みたいなことをすりゃそりゃすげえって言われるだろうけどそもそもなんで目隠しを? って思われそうじゃないか?」
「あー……ま、私がなんか理由は考えておきます! 鉄は熱いうちに打て! 早速明日から配信してみましょうよぉ! 丁度深層の回線増強工事の予定もありますし!」
「いきなりだな……まぁ良いけど。智山も来るか?」
「あ……え、遠慮しておきます……」
智山は顔をサッと青くする。実力は申し分ないのだがどうも深層に潜ることに抵抗感があるらしい。
そういえば、以前はよく深層課から異動したいと言っていたが、最近急に深層課から異動したがらなくなった。もしかすると新のお陰かもしれない。
「お前もそろそろSランクにいけると思うけどな」
「まぁ……頑張ります」
「じゃ、明日はよろしくな。今日中に部長と広報の人には俺から話を通しておくよ」
「おー! お願いします!」
「じゃ俺はお先に」
まだ二人の弁当は中身がかなり残っている。智山は二回目の昼飯だから仕方ないのだけど。
若者二人で話を花を咲かせてくれ、と思いながら俺は会議室を出るのだった。
◆
部長と広報部への説明を手短に済ませて夕方に帰宅。
リビングでは保育園から帰った保佳が大人しくお絵かきをしており、リビングに面したオープンなキッチンでは保佳の様子を観察しながら水森が味噌汁の味見をしていた。
水森がいち早く俺に気づいて「お帰りなさい」と微笑みかけてくる。
「ただいま。保佳、水森」
「ぱぱー! おかえりー! 見てみて! パパだよ!」
保佳はベージュのクレヨンでぐるぐるしたものを俺だと言い張って見せてくる。ベージュのぐるぐるは俺を入れて4つある。
「おぉ。そっくりだな。これは誰なんだ?」
「これはほのでー、これはママでー、これはきなつさん!」
「私もいるんだね。ありがと、ほのちゃん」
水森に頭を撫でられた保佳はトテトテと駆け足でテーブルに戻ってまたクレヨンを握る。
「パパは謎の男だー!」
俺と言っていたベージュのぐるぐるに保佳が何かを書き足し始める。
「な……謎の男?」
「あれですよ。世間の話題は保さんで持ち切りですね」
水森が苦笑しながらテレビに視線を向ける。流れているニュース番組で扱われていたテーマのヘッドラインは『謎の男が深層で女性を救助!』。
映っている作業服は今まさに俺が着ているものとまるで同じ。顔もしっかりと映っていて、ネット上で配信されていたものがそのまま残っていたようだ。
明日には配信が始められる。今はまさに熱を帯びた鉄が鍛えられるのを待っているかのように真っ赤な状況だろう。
「謎の男! ほのもダンジョンに行ってみたい!」
「あー……もう少し大きくなったらな」
「後何センチくらい?」
えらく具体的な基準を求められてしまった。今が100センチだから大人になる頃には後50センチくらい伸びているんだろうか。
「うーん……50センチくらいじゃないか?」
「きなつさんくらい?」
「季夏……水森はもっとでかいぞ。170は……ないくらいか?」
「そうですね。ほのちゃんも大きくなるよ〜」
「うん! ご飯食べて大きくなる! きなつさん! ご飯!」
「は〜い。準備するから待っててね〜」
「俺も手伝うぞ」
「良いんですよ。ほのちゃんと遊んで待っててくださいな」
水森はやけにご機嫌だ。鼻歌を歌いながら「名前で呼ばれちゃった〜」と飯の用意をテキパキと進め始めた。
◆
〜あらゆる実況掲示板にて〜
『DNK公式チャンネルの配信予告キターーーー!』
『謎の男ってDNKの関係者だよな? 明日の配信も出るのかな?』
『むしろ出ないと意味ないだろ』
『しっかしドリアードちゃんはエッッッッだし可愛いンゴねぇ……』
『お前らを取り込んだらドリアードはどうなるんだろうな』
『ゴブリン?』
『フェアリーの間違いだろ』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます