第7話
救助した女の子をダンジョン入口にある医務室まで運搬。
ベッドに横たえて医務室の人に後を頼み離れようとしたのだが、女の子が腕をつかんで引き止めてきた。
「どうしました?」
「……ありがとう」
「仕事ですから。恐らくSランクの方だと思いますけど、単身の探索は危険ですから気をつけてくださいね」
「……はい」
女の子はまだ手を離してくれない。礼を言いたかったんじゃないのか?
「ま……まだ何か?」
「……
「え? あぁ……
作業着の内ポケットから名刺入れを取り出し、自分の名刺を柚谷さんに手渡す。
「……どうも。深層課……?」
「DNKって会社で主に各地のダンジョンの深層エリアのネットワークを管理してるんですよ。場所柄、モンスターと戦えないといけなくて、救難信号が出た時の救助もついでにやってるんです」
「……なるほど。救助の費用は? タダ?」
「保険に入って無いんですか? 入っているならそっちに請求が行くので大丈夫ですよ」
救助を受けるとそれなりの費用が請求されるので、よっぽどの人でなければ保険に入っている事が多い。
最近はダンジョン探索に入る人は保険加入が必須化されたため、保険会社と組んでガッポガッポだと部長は大笑いしていたが。
「……多分ある。ギルドで入ってるはず」
「どこですか?」
「……四菱」
「なら大丈夫ですよ。5大ギルドならその辺はしっかりしているので」
「……ブラックだけど」
「そうなんですか?」
「……昨日は渋谷ダンジョンでレアドロップ耐久を20時間。その前は大崎ダンジョンでレアドロップ耐久を40時間。その前は……記憶が曖昧」
なるほど。ほぼ寝ずに仕事をしていて、新宿ダンジョンの中でついに限界が来た、ということらしい。
しかし、Sランクの実力者をそんな雑に扱えるのだから四菱ほどのギルドともなるとよほど層が厚いんだろう。まだうちの課はSランクの人だけで夜勤のローテーションを組めないので猫の手も借りたいくらいだ。
「ま、寝られる仕事がしたくなったら名刺の番号にかけてくださいよ。いつでも待ってますから」
「……わかった」
柚谷さんは俺の名刺を大事そうに両手で包み込み頷く。
手は離してくれたので俺も仕事に戻れる。
可愛らしく「ばいばい」と言ってくる柚谷さんに手を振って応えながら医務室を後にした。
◆
遅い昼食用の弁当を買ってオフィスに戻る。
自席で事務処理を片付けながら食べようかと思っていたら、目の前を大きな箱を持った部下の
智山はひょろっとして地味な見た目なので舐められがちだが、もう少しでSランクに到達しそうな実力と、ネットワークの知識も豊富なので若手のエースでもある。
「智山……それは何だ?」
「これですか? 配信用のカメラとドローンですよ」
「配信するのか?」
「いえ。これは新さんに頼まれたんですよ。近くの家電屋で買ってきてくれって」
「新ぃ? お前、後輩にパシられてんのかよ……」
「あ……あはは……まぁ新さんのためなので……」
智山はぽっと頬を赤くして顔を伏せる。
ははーん。これはつまりそういうことか?
「んだよ。付き合ってるなら言えよな。夜勤のローテーション調整するぞ」
「あ、いや、そういうわけじゃ……一方的な片思いなので……」
智山は気まずそうに俺から視線をそらす。
「すっ、すまん! イジりたかったわけじゃなくて――」
「お! 智山さーん! ありがとうございまーす! 介泉さんもお帰りなさい」
どこかから新が登場。なんというか智山への態度が軽い。いくら智山が舐められやすい雰囲気だとはいえ、先輩なんだからもう少しリスペクトが滲んでもいいだろうと。
「あ、うん。これでいいんだよね? 配信用機材」
「はい! おぉ〜……結構いいやつですねぇ。流石です! 智山さん!」
「アハハ……全部で50万くらいかな」
「はい! 領収書は介泉さんに渡したら良いですか? 500万までは課長決裁で行けるって聞いたので、機材だけ先に用意しちゃいました!」
「ごじゅっ……まぁ……そうだな。俺がやっとくよ」
智山から領収書を受け取る。配信機材、意外と高いんだな。まぁ50万くらいなら経費でいけるだろう。そもそも業務に必要なものだし却下される理由はないはず。
「というか新、配信の準備はいいけど企画案の資料はできてんのか? 配信する前に承認貰わないとだから、社内のあちこちに説明しないといけないんだぞ。部長やらその上やら広報やら……」
「はい! もう出来てますよ!」
「はえぇな……」
元インフルエンサーとあまり触れてほしくなさそうな自称をしているくせにガッツリやる気じゃねぇかと。
「じゃあ会議室でチェックするか。昼飯食べながらでもいいか?」
「あ! 私もずっと資料作ってたんでまだなんです! 買ってきますね!」
新は財布を手にするとビューっと走り去っていく。
残されたのは俺と智山。まだ俺が変な勘違いをした件が終わっていないので妙に気まずい。
「あ……そうだ。智山も昼飯、一緒に食うか?」
「二回目ですけど買ってきます……」
智山はトボトボと財布を持ってオフィスを後にする。
智山……頑張れ……と若者の恋を応援するお節介な心が芽生えてしまうのだった。
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